藪塚阿左美

※この作品には、後半に少々グロテスクな描写が含まれています。苦手な方は不快感を覚えられる可能性がありますので、ご注意ください。

 戦場に特有の、殺伐としつつもどこか雑然とした雰囲気があたりを支配している。
 我輩の従える隊の兵員数はざっと二十ほど。多くはないが、我輩一人で率いるには少々手に余る数でもある。
「我々はそのような不当な暴力に屈しない!」
 兵たちの一歩前に立ち、我輩は戦うべき敵陣に向かって声を上げた。
「我々がいつ、おまえたちに刃を向けたというのか! 我々にはおまえたちに淘汰される理由がない」
「そんなものは詭弁よ! あなたたちの姿を見るだけで私たちの平穏は脅かされるのよ」
 我輩たちとて無駄な戦闘を望んでいるわけでは毛頭ない。お互いがお互いの利益を守りつつ共存していくのが最善なのは、言うまでもないのである。
「黙れ! 物事を外見だけで判断して敵視する、そんな非論理的な輩に平穏を語る資格はない」
 しかし残念ながら、敵兵は違った。
「そんなうわべだけの理論で、我々は生きるための権利を奪われようとしているのだ。これが、横暴でないというのなら、いまお前が我々に向けている毒ガス兵器は何だ!」
「黙りなさい!」
 彼女はつねに、我々を理不尽に殲滅することしか考えていないのだ。
「私たちにだって自分の家を守る権利と、そして義務があるの。解ったらさっさと出て行きなさい。さもないと、今度こそ……撃つわよ」
「ふん、よかろう。結局のところ、やはり我々とお前達の主義主張は噛み合わぬようだな。ああ、至極残念だ」
 そしてついに、彼女は我々に兵器の銃口を向けた。こちらは相手に危害を加えることなどこれっぽっちも考えていないのにである。
 この世界に平和的な話し合いによる解決の余地など、ない。
「いいだろう、撃ちたまえ」
 思えば、昔から彼女たちはいつもそうだった。
 我輩は何十人という兄弟たちの長男としてこの世に生を受けたが、その瞬間から、我々はこの没論理な戦場に自らの命をさらし続けてきた。
 姿を見せれば力尽きるまで追い回され、そしてある者は叩き潰され、ある者は地雷式の罠に捕らえられ、そしてある者は水責めにされて、我輩の目の前で兄弟たちは一人、また一人と命を落としていったのだ。
 やがて、その凄惨な死にざまを見せつけられ、そして同志の亡骸がまるで汚らわしいゴミ滓のように始末されていく様子を繰り返し目の当たりにした我輩は、ついに誓ったのである。
 生きるために、自分の家族を守るために、そして刻一刻と寿命の迫るなか子孫を残すために、我輩はこの敵兵に戦いを挑むのだ、と。
「脅しじゃないわよ?」
「構わないさ、撃ってみろ」
 我輩は背後に控える兵たちを一瞥して、悠然と彼女に語りかけた。
 こちらにはたくさんの同志がいる。一人ではできない戦いも、個々の力は決して大きくはなくとも、これだけの仲間がいれば相手を怯ませることくらいはできるだろう。
 そう考えると、とても心強いではないか。
「お前とて薄々感づいているのだろう? 我々は長らくお前達に虐げられてきた。その長い苦境の歴史が、我々にそんな毒ガスなぞ物ともしない強靱な肉体を与えたのだ」
「くっ……!!」
「驕りが過ぎたな人間。さぁ、もう一度言うぞ」
 これ以上は抑えられない。生きるために不可避な戦いも時にはあるものだ。
 それが、今だということなのだろう。
「撃ってみろ、人間!」
「うわああああああああああ!!」
 我輩は威風堂々と、潜んでいた冷蔵庫の下から駆け出した。
 長い触角と油ぎった茶色のマントを振りかざし、六本の脚を自由自在にせわしなく動かして、わらわらと兵たちも我輩に続く。
「火蓋は切られた! しまって行くぞ、兄弟達よ! 今宵は大盤振る舞いのパーティだ!!」
 目指すべきはキッチンの上、そこには出来上がったばかりの晩餐が我々を手招きしている。

 どうやら我々は、この戦場が病みつきになってしまったらしい。


あとがき

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