切断/呪詛

   鏡典

   8

「……何や、詳しい話は聞かんでも解ってもうたな」
 リーネの呟き――呆れ気味。
 ロゼット達――教会から離れた場所で相談中。教会の人間に見つからないための配慮――教会からダッシュで逃げてきた結果の場所。
 呼吸を整えつつ、サラサがリーネに応えて言うには、
「――背後は異端、背後は惨殺、破れば罰。……意味はさっぱり解んねェけどな」
 発端はロゼットの一言――“後ろ”。
 たったその一言で、女二人が大激怒してロゼットを怒鳴りつけた――“私達を殺す気か”。
「もう、何なんだよあいつら! やっぱムカつく、ちょっと殴ってくる」
「ま、待って、落ち着いてよロゼットちゃん……!」
 アニスがロゼットを引き留めようとする――ふりをして抱きつこうとするのを、ロゼットが腕一本で抑えつける。
「やめろバカ、関わりすぎるとロクなことになんねェぞ。典型的な盲信だからな、ヘタなことすると本当に処刑されかねん」
「コレ、例の“場所”に関する信仰なんと違うか?」
 それを受けて少し考えるサラサ。
「いや――、“背後”は信仰の中心にはなってないような気がするな。背後は異端、惨殺……、そして破った者に罰を与える、“背後を禁じた何か”が信仰の対象ってのが妥当だろう」
「盲信を与える“仰典”……、で御座るか」
「となると、どこかに隠してあるってんで間違いない。“背後”の信仰に深い、関係のある場所のどこかに」
 五人の沈黙が表している結論――見当つかず。
「……そもそも、“背後”を踏んだらどうなっちゃうのかな」
 ロゼットに引っ付いたままのアニスの発言――ふとした疑問。
「見せしめみたいに罰せられるんじゃねェかな。それか、相当信仰の強いヤツだったら“背後は異端”が自分のWordになって、“踏んだら罰”も現実化するかもな」
「それ、ウチらは大丈夫なんか?」
 サラサの視線がアニスからリーネへ。
「今までは信仰の内容も全く知らんかったんやし、“背後”を踏んでもなんともなかったかも知らんけどやな。今となってはウチら全員“踏んだら罰”を知ってもうた訳やから、この状態で“背後”を踏んだら“仰典”の影響を受けるんと違うか」
 眉をひそめるサラサ――リーネの推察を肯定する仕草。
「確かに……、そうだな。良し、一応護身だけはしとこう」
 そう言ってサラサが制服の胸ポケットから何かを取り出し、四人に向かって投げ渡す。渡されたのは指の爪ほどの大きさの錠剤――ジャイロジャック社製のSWRI“ロットネイル”――特に精神安定剤に用いられる薬品の一種。
「使い方解るよな。そうだな、“背後”を踏まないための記入だから……、《背後が前方になる》とか、そういう感じのを書き込んでくれ」
 “ロットネイル”の使用法――使用者本人が理解できる程度の意味を持ったWordを定着させて服用することで、より強い自己催眠に似た効果をもたらす。ロゼットは錠剤をフィルムから取り出し、その表面へ、
《後退の一歩で前方を踏む靴の裏》
 と書いた。
 アニスの持っていた飲料のボトルを借りて飲み下す。ロゼットが口をつけた部分を見てアニスが何やらニヤニヤしているがいつものことなので気にしない。
「十分もすれば効いてくるはずだ。その間に簡易通信の回線を設定し直しとこう、さっきまでのがどっかの学生に見られてないとも限らんからな」
 全員が携帯を簡易起動し、サラサが送受信用の双方向Wordを新しく書き直した。それを全員がコピー&ペーストし、指定周波数として設定する。そして一連の動作の確認を終え、
「良し、それじゃ本格的に“仰典”探しといこう。五人で分かれて、些細な手掛かりでも見つけたら報告な。んじゃ、晩飯までには帰ってくるってことで」
 その一言で全員が行動開始。
 分担に従ってロゼットは西へ。五人で区分したエリアを隙間なく調べるため、まずその北側から。サラサ達が仮定した“仰典”探索のセオリー――注目すべき二種類のもの“誰の目にもつかない場所”“誰の目にも留まる場所”。それに当てはまる場所、あるいは建造物を探す。
 西側に多く見られる建造物――住宅。その多くは集合住宅で、人口減の結果か荒廃したものが多い。南側に行けば行くほどその割合が増える――移住した大勢の人間の元住居だったのだろうと推察。
 ふと、ロゼットの閃き――荒廃した集合住宅の各部屋――そのほぼ全てが“誰の目にもつかない場所”の可能性。
「これ全部調べてくのは骨だなぁ……」
 サラサに携帯で相談。その結論――“後回し”。
 ロゼットはさらに南側へ。
 その辺りから、一戸建て住宅が増えてくる――だが全て廃墟。密集して立つ廃墟の一角に野良犬の群れ――いずれも痩身。同じく野良だったのだろう犬の死骸を大勢で囲んで食事中。
「うぇ……」
 早足でその場を通りさらに南へ。左右を廃墟に挟まれた細い道を過ぎると、見えたのは家――そこだけぽつりと建っている、その家。
 と、
 リィン――。
 音がした。
 か細く鳴った、鈴のような音。
 それは、ロゼットの持つネームホルダーから鳴っていた。
 音に気づいてロゼットがそれを見る。剣の柄に接続されたホルダーのメインディスプレイ――ホルダー本体に添付されていたお試し用のデフォルトネームが点灯中。
「――あれ」
 疑問――ロゼットの名を使用していたはず。そもそもデフォルトネームなど店頭で購入の際に試験起動で一度使ったきり――変更し忘れはないはず。
 思い出すサラサの言葉――“信仰系のWordが名前として……”。
 購入以来初の誤作動――首を傾げつつ故障を疑う。
「ロゼット」
 短縮起動の音声入力――成功。ディスプレイに再びロゼットの名前が表示された。
 仮定――“気のせい”。
 ロゼットはもう一度、
「ロゼット」
 短縮起動の音声入力――これも成功し、ロゼットの名前が多重起動で機能する。
 結論――“気のせい”。
 名前の多重起動は、その名前の持つ機能を倍増させるが、その分バッテリの消費が激しいのですぐに通常起動に戻す。
 するとまた、
 リィン――。
 再びの音。
 やっぱ壊れたかなぁ――と思いつつロゼットがホルダーを見るが、本体には特に異常なし。
 異常は、ロゼットの足元で起こっていた。
 リィン――。
 リィン――。
 リィン――。
 Wordの糸のようなものが、ロゼットの足元から伸びている。
「うわっ」
 驚いて飛びのく――Wordはその場に留まって、動く気配はない。
「これ――」
 ふと思いつくもの――目に見えるほど強力な、高密度なWordの束。そして、それが導く先。
 “仰典”。
 ロゼットはWordの糸を追いかける。向かうのは町の南側――アニスの探索範囲内、さらにその外れ。
 そこに見つけた不気味な外観の施設――牢。
 Wordの糸はその内部へと続いている。
 ロゼットは携帯を通常起動し、簡易地図に現在位置を記録。そして文字通信で他の四人へ連絡を入れようとして、
 少しだけ迷い、そしてやめた。
 誰かに教える前に、自分だけでその中を確かめたいと、そう思った。
 そうするべき何かがここにあるのだと、そんな気がした。
 ふと、無意識にその指が耳元へ動く。触れるのはピアス――ラピスラズリのピアス。

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