切断/呪詛

   鏡典

   7

 拳銃が仕舞われる――あろうことか祭壇の下へ。
 倒れたジュジュをじっと見ている祭司――その身体の下から広がってきた血液を見て満ち足りた表情。
「盲が、何と、愚かな……。私の言葉を消し……、地下に、行こうと、するだけでなく……、私に向かって“後ろ”などと……。私の目の前で“後ろ”と言うなど!」
 何かが切れたように叫び始める祭司――床に倒れたジュジュを罵倒。それが聞こえるはずもないものを相手に、口汚く罵り続ける。そこから始まるのは弁論――ひたすら長い、本人にしか意味の解らない説法の口上。その折々に挟まれる言葉――“亡者め”彼の口癖の様子。
「私が居る場所で“後ろ”などと! “後方”などと! “背後”などと! ふざけるな、馬鹿にするな、侮辱するな愚弄するな虚言を弄すな、悪徳だ下等だ外道だ人外だ。死に腐れ! “背後”だと? 亡者め!
 ――そんなものは、無い!」
 自分が殺した相手に向かって言い放つ“死に腐れ”――頭の回転が絶好調の様子。
 さらに続く弁論を披露しながら、祭司は祭壇の周りを回る。左から右へ何度も。そして再び祭壇の前で止まり、両手を挙げながら呟くように言うには、
「背後は異端。背後は棄てられた。背後は惨殺。背後は処刑された。背後を見てはならない。背後を信じてはならない。背後を踏んではならない。背後を聞いてはならない。背後は惨殺。背後は処刑。どれも破れば罰。破れば処刑。背後を語るような奴は狂ってる。イカれてる!」
 祭司の叫び――正しい順序を踏んだ気の狂い方。
 と、そこでようやく祭司の視界に戻ってきた、死体から流れた血の海。それと、その上にある身体。そこにそうしているのがあまりにも自然すぎ、一瞬だけでは理解の及ばなかったその身体の、
「――その罰、誰が下すのかしら」
 立っている、ジュジュのその姿。
「な――、ッアァァァァァァァ――――!?」
 祭司の絶叫――かろうじて残っていた理性が感じた驚愕と恐怖の音声。
「き、貴様、死――、銃、ッ血がァァァ――ッ!」
 何とか疑問の単語の一部分ずつだけ言うことが出来た祭司に、ジュジュが応えて言うには、
「死んでないわ、生きてるじゃない。話があんまり長いから……、少し、眠たくなったけど」
 間抜けなほど当然な返答。そしてジュジュは、掌で自分の遥か後方を示す――奥の壁に弾痕三つ。そして足元の血溜まりを指し、
「これはわたしが書いたの」
 示すのはジュジュの手に握られていた文字列――手の中から解き放たれて横の文字一列に展開。そこに記されたジュジュの言葉は、
《ここに死に、そして血溜まり》
 それはWordで書かれた文字列だ。ジュジュの書いた文字の意味を理解したWordは、その文字列を見た人間にも、その意味を想像させ、理解させる。
 ジュジュのWordは祭司に読まれることで、ジュジュの死体という錯覚を理解させたのだ。
 その一連の魔術をごく簡単なことのようにやってみせたのが、ジュジュの素早く正確で高度な執筆技術――空気中に漂うWordの流れを身体で知るジュジュの特性。
「貴様、き、っ貴様、異、……異端ッ、怪物……! 死ッ、死ぁ――――――!」
 祭司は恐怖しきった顔で銃を乱射――だが銃弾の全てはジュジュの身体に吸い込まれ、そしてそのまま通過していく。
「ごめんなさい、わたし、銃弾は効かない体質なの」
 本当に申し訳なさそうなジュジュの口調。
 ジュジュは何気ない様子で一歩前へ。
 それを見た祭司――心から恐怖する。
 そして本物の恐怖心が起こした本能的な行動が――祭司の足を、一歩後ろへと下げた。
 音――その靴が床を叩き、高い天井に響く音。
 その足が、禁じられた“背後”を踏んだ音。
「あ――――」
 祭司の声――取り返しのつかないことへの後悔が滲み出た声音。
 そのとき、ジュジュは、祭司の“背後”に集まっていたWordが、その形を変えていくのを見た。ただ揺らめいていたWordの群れが何かの意思を持ったように動き、“顔”のようなものを象った。そして大きく口を開け、祭司の姿を呑み込む。その“顔”を構成しているWordが、いつの間にか読み取れる文字に変わっていた。
《背後を信ずる者であるゆえに》
《背後を信ずる者であるゆえに》
《背後を信ずる者であるゆえに》
 祭司が悲鳴のような声をもう何度か上げる内に、その姿はWordに呑まれ見えなくなった。
 それをずっと無表情のままで見ていたジュジュ――祭司の姿が完全に消えたのを見て、何の感想もなく教会を出た。
 そこへエリアの声が言うには、
《あの男が必要なのではなかったのか》
 ジュジュは歩みを止めないまま、
「わたしが地下へ行こうとしてたのを知っていたわ。あの死体の目を通して見ていたのでしょう、操っていたならそのWordもいま消えたはずよ」
 吐息。
「Wordが人を食べたのには、ちょっと驚いたけど」
 そして一点の曇りもない、その純真な瞳で、
「もう興味ないわ」
 ただ、一言。

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