切断/呪詛

   鏡典

   6

 約百年前。
 以来千年に渡る歴史を誇るケイトリクス教会の、権威そのものを揺るがす大事件が発生――周辺諸国及び東方異教勢力に激震走る。
 その事件の名――アヴィニョン捕囚。
 事件を契機に、ケイトリクス教会は分裂を開始する――アヴィニョン捕囚から始まった様々な混乱に、様々な形で介入した各国が、それぞれ教会の正当な後継を主張したからだ。混乱を治めるための計画はいずれも失敗し、最終的には最大で五つの教会が並び立つ大分裂となった。
 そして現在――尚もケイトリクス教会は五国に分立し、各国はその正当性を主張している!
 さらに五国ケイトリの対立が決定的になったナント公会議の決裂直後――エトレイアの先進を皮切りに、各国ケイトリは他国との武力衝突を想定し、その巨大な信仰の下に周辺権力を収集、育成――その受け皿となる組織を設立。
 その組織――学園。
 エトレイア――ローマ=ケイトリクス教会、全解統一学園。
 シェイ・ロー――コンスタンツ=ケイトリクス教会、全言統一学園。
 フェイ・ラン――アヴィニョン=ケイトリクス教会、全上統一学園。
 エングランディ――ネイズビー=ケイトリクス教会、全識統一学園。
 ベイザンテイオイ――ニカイア=ケイトリクス教会、全暦統一学園。
 強力な忠誠心を従えた精鋭軍隊――各国ケイトリの武力の半数を構成する学生達。
 各ケイトリの学生同士の関係を、最も的確に表現した言葉――“敵”。
 結論――その五校の全てが非公式的に同じ場所に存在しているというこの状況は、
「――最悪じゃねェか」
 ただ一言。
 サラサの呟き――溜息交じり。
「全部お前のせいじゃないかバカ! バカ! 死ね! ハラ斬れよハラ!」
「流石のリーネさんも大噴火やドアホ! そのまま南半球まで突き抜けて転生せえやこのフカヒレが!」
「ほ、ほら二人とも、サキスケくんも何か最早コレ新種の生き物? みたいな感じに小さくなって反省してるみたいだし許してあげようよ、ねっ」
 ロゼット達が居るのは、首長に紹介された宿――実際のところただの空き家だが、宿泊料はきっちり請求されている。一階のリビングで、アニスの手製料理を囲みつつ食事休憩中。
 その脇で、土下座の二レベルくらい上のような体勢で床にうずくまっているサキスケ。と、それを蹴り続けるロゼットとリーネ。その間でおろおろと二人をなだめようとしているアニス。
「そうは言ってもやなアニー、人間界には笑える悪事と笑えん悪事があるんや。それをこのサカナに教えたらないかん」
「おい班長! こいつ本当に食っちゃったほうがいいって!」
 テーブルについたまま、携帯を通常起動して思案顔のサラサが、サキスケを横目で見つつ言うには、
「……仮に、サキスケが旅費の半分近く飯代にしなかったとしてもだ。それで別にあたしらが空からここまで来れたって訳じゃねェんだ、……どの道あたしらが一番最後だったろうよ。くそ、ネイズビーはともかくニカイアの連中にまで遅れるとはなァ」
「班長……、それを言うまでの時間の長さに微妙に悪意を感じるで御座る……」
 ぼやくサキスケ――完全にひれ伏して服従のポーズ。
 現状、五国のケイトリの戦力は完全に拮抗している。
 分裂したケイトリに於いての戦力とは、必ずしも唯一のものを意味しているわけではない。その言葉が持つ意味のうちひとつ――純粋な、所有する武人集団を兵とした軍事力、またその背景にある経済力、技術力。そしてもうひとつ――多くの民を引きつけるための、信仰持つInfo“仰典”。
 ケイトリ間の戦闘では、必ずしも武力が全てを決定しない――強力な信仰は、時に武を凌駕する場合があるからだ。そのため全てのケイトリは、自国の“仰典”をより強化しようと暗躍する――他の信仰持つWordを理解し、“仰典”へ取り込むために。
 だが多くの場合、他国ケイトリに口実と機会を与えてしまうため、ケイトリとしての武力を行使した“仰典”の回収作業は困難――だからこその少数、だからこその学生。
 だからこそ、各国ケイトリの学生達は敵対する――時にはその武をさえ以て。
「つーかさ、ボクたち今からやること残ってるのかな」
 ロゼット――サラサの対面に座ってやる気なさげ。
「せやで。数日前やったら、とうに“仰典”持ち帰られとるかもしれへんやん。コンスタンツとネイズビーは見かけたからな、後の二校のどっちかや」
「いや――、それはない」
 サラサがそれに応えて言うには、
「“仰典”が失われたなら、必ず信仰に何らかの影響が出る。だけど町の連中は変わらず暢気に集会してる。“仰典”なしでこれだけの信仰を保てるとは思えない……っつーか、町が今の状態なのが何よりの証拠だよ。他校もあたしらと同じく、第二の目的があるはずだろ。やることなら大量にあるぜ。解るだろ?」
 第二の目的――その言葉に全員が緊張を感じる。
 サキスケはいつの間にか部屋の隅に座り込んで沈黙。
「逆に、四校が集まってまだ見つかってないってことは、余程厳重に保管してあるか、入手自体不可能かってことだ。何にせよ詳細が解らない限り迂闊には動けん。一番最初に到着してた学校は今頃かなり焦ってるだろうな」
「“仰典”が入手自体不可能なんて有り得るの?」
「場所自体が信仰の対象になると、その土地そのものが“仰典”になっちまう場合があるらしい。こうなると消去は出来ても回収は無理だ。ここはどうだろうな……、とにかく信仰の内容を詳しく知る必要があるだろう」
「教会、か」
 合意――ひとまずの目的地の決定。
「良し、ちょっと休んだら教会だ。急ごう、――“仰典”が破滅を起こす前に」
 三十分後――アニスの懸命の激励で何とか回復したサキスケを連れ、一行は教会へ。集会で人の海になっていた広場――今はすっかり閑静。難なく教会まで到達――その手前に女が二人立っている。
 そして、入り口を封鎖していた。
 巨大なボードが立てかけてあり、中の様子が見えない。
 不審に思う一行――サラサが片方の女に入れないのか問う。
「いま、ちょっと掃除中ですのー」
 女のとびきりの笑顔――怪しさ全開。
「……掃除ぃ? なんで今やっとんのや?」
「……つーか掃除するくらいで入り口塞がねェだろ」
「……何かあの人たち、怖い……」
 小声で相談――誰が最初に突っ込むか審議中。そしてほぼアニスが突撃ということで話が決まりかけていたところへ――教会の中から、音がした。
 その音――三つの音。
 教会の奥のほうから来た音――入り口脇の壁に衝突した様子。
 ロゼットがまず、一番にその音に反応する。
 そして言うには、
「ねえ、何か今その後ろから――」

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