切断/呪詛

   鏡典

   4

 音――奇妙な音。
 荷台を降り、町へ近づいた瞬間――ロゼットはその音を聞いた。何かを打ち鳴らしたような金属的な音。頭の中に響くように聞こえ、一度きりで聞こえなくなる。
 妙に思い、隣に居た巨体を見れば、サキスケもまた怪訝な表情をしていた。
「……ねえ、今なんか」
「……音がしたで御座るな」
 二人は周囲を見回して音の原因を探るが、それらしきものは見当たらない。と、続いて歩いてきたサラサが、ちょうどロゼットの肩に右腕を預けつつ言うには、
「応、聞こえるな。つまり、ここからが町のエリア内ってこった。これであたしたちはこの町の中に入ったことになり、次からキメラのつばさを使えばここに飛んでくるってワケだ」
「アホなこと言ってないでちゃんと教えろ班長、なんでそんな音がするのさ」
 サラサはロゼットには答えず、まだ町に入っていないアニスのほうを見る。そして携帯ノートパッドを短縮起動し、
「アニー、お前の携帯で今何時になってる」
 言われて、アニスも携帯ノートパッドを短縮起動。そこに表示された時計を見て、
「H13M19S30、だよ」
「誤差はないな。この内側は隔離されてるって訳でもなさそうだ。エリアがある以上何かがあるんだろうが――」
 と、リーネがアニスの隣に並び、
「ウチら二人はここで待機のが良さそうか?」
「そうだよね、ヘタにみんなで中に入るよりは……」
「いや、もし閉じ込められるとしても問題はねェだろ。五人で行こう」
「りょーかい」
 それを受けて二人も町の中へ。携帯を一時終了させたサラサは、ロゼットへと向き直り、
「あー、……で、何だっけ」
「だから、どういうことか説明しろっての」
「応、つまりだな、エリアをつくるってことはその中で何かをする目的があるっつーことだ」
「……何かって何だ」
「それが何かを調べに来てんだろうが。だがまー、恐らく町の人間の共通認識に作用するWordのためのエリアって所だろう。んで、そのWordがイコール“仰典”である可能性が高い」
 仰典――信仰を行使するためのInfo。Info――ある一連の意味を集約したWordの集合体。
「あ、それが奨学金の素だよね。よし良く解ったじゃあ行こう」
「お前な、少しは考える姿勢を見せろ」
「いーんだよ、ボクは一歩学園出たらただの“剣振り係”なんだから。コイツと一緒」
「うわ何か拙者もの凄く不愉快で御座る」
「そう、そこが可愛いの! 可愛いよロゼットちゃん……!」
「やめろコラ引っ付くなっ」
 サラサは吐息。
「……まーいいや。とりあえずそのテのことに詳しそうな奴を探そうぜ。下っ端じゃダメだな、権威ありそうな奴を。あ、ネームホルダー持ってる奴は留意しろよ、信仰系のWordが名前として記録されたりするとバグることあるからな」
 一行は町の中へ。無人の町並みを通り過ぎ、中央部へ出る。
 そこに見つけた巨大な建造物――教会。
「応、何事で御座るかこれは」
 教会に至る道とその広場――そこに集まった大勢の人間。
「すげェな、町の人間全員集まってそうだ」
「何や人死にでも出たんと違うか?」
「どうせ集会の類だろう。丁度いいや、話の聞けそうな奴を見つけよう」
 そう言って集団の中へ向かっていくサラサ――その後を追うリーネとアニス。ロゼットとサキスケはその場で待機。対人情報収集の際の暗黙の了解――余計なことをして作業を難航させないための班長の毎度ながらの配慮。
 二人――道の隅っこに移動。携帯を簡易起動して班長からの連絡待ち。ロゼット――地べたに座り込んで人の流れを眺める。サキスケ――腕を組み姿勢良く立ったまま、目を瞑って瞑想の体。
 そしてそのまま待つ――見知らぬ場所でそれ以外何も思いつかず、ただ待つ。
 と、退屈しかけてきたロゼットが、ふと隣のサキスケを見て言うには、
「なあサカナ、起きてる?」
「応」
「何かお前格好つけてるけどこれただの役立たず宣告だって解ってるか」
「……お主それ言ってて悔しくならんので御座るか」
「べつにいー。能無しなのは解ってるしね。ボクは出来ることのが少ないよ」
「上統の異端が言うこととは思えんで御座るな」
 異端――上統学園でロゼットが起こした混乱についたタイトル。
 その発端――その家族は当然のこと隣家のオヤジまで泣いて喜ぶと言われる名誉の上統学園入学式当時――枢機卿までが出席するその会場で、ロゼットがやって見せた上統学園史上前代未聞の暴挙――式中での爆睡。その直後、全教諭が揃っての会議に呼び出されたロゼットが言い放った一言――入学後の一番最初の発言“舐めんじゃねえ”。
 平均成績から少しでも劣れば退学と暗に示された後――ロゼットの驚異的活躍。筆記試験成績序列――定期試験で二度のトップ。模擬戦闘成績序列――常に上位。全ての統一学園が集合して開催される総合体技祭――日々特化した鍛錬を積んできた他の生徒を差し置いて一年次第二種目枠で準優勝。学園内にファン多し――ほぼ女性。
 そして二年次に異例の特待生クラス編入――今に至る。
「そんな風に呼ばれてんのも、ボクじゃなくてこの人だよ」
 そう言って、ロゼットは剣に接続されたネームホルダーを示す。そこに表示されている名前――少女の借り物の名前。
「試験なんかやっててもさ、自然と答えが出てきたりするの。たぶん、すっごい頭の良い人だったんだろうね。だから今も上統学園で生徒やってんのは、ボクじゃなくてこの人。ま、入学式で寝てたのはボクだけど」
 苦笑交じりでそう話すロゼットに応えて、変わらず屹然の体のサキスケが言うには、
「上統の異端が其奴であろうと、拙者を剣で伏せたのはお主本人で御座る。そのときのお主の太刀筋に名前など書いては居なかった」
「お前……、よくそんなこと真顔で言えるなぁ」
「誠の成らぬ所に武は成らんで御座る」
 ロゼットの俯きがちな苦笑――サキスケにその表情を見られないための行動。
 と、
「――ぬ」
 サキスケの声――緊張を含んだ声。
「ん?」
 それを聞き、ロゼットがサキスケを見上げる――その目が、人の流れの一角をじっと見ていた。ロゼットもその視線を追い、そして、それを見つける。
「げ、あれって……」
 見つけたもの――人だかりの中にぽつりと浮かんで見える、学生服姿二つ――それも他校のもの。体技祭のセレモニーで見かけた記憶――“ネイズビー=ケイトリクス全解統一学園”の制服姿。
「英国人だよね、何でここに居るんだろ」
「目的は同じで御座ろう。ぬう、やはり他校も動いていたで御座るか」
「とりあえず班長に伝えとこうか」
 と、ロゼットが携帯から発信しようとした瞬間――それより僅かに早いタイミングで、サラサからの着信が入った。目の前に送受信用の双方向Wordが現れ、それを媒介にした文字通信でメールが到着。
《自治体の首長んとこに通してもらえることになった。場所送るからこっちまで来てくれ》
 ディスプレイが呼び出され、簡易地図に指定された場所が表示される。
「……だってさ」
「応、行くで御座る」
「あいつらどうすんのさ」
「どうしようもないで御座ろう、奴らに見つからぬ間に急ぐで御座る」
 二人は足早にその場を離れて地図の通りに西へ――サラサ達と合流。
「応、来たな。話は代表としてあたしがするんだが――、おいロゼット、お前はその剣外して脇に持っといてくれ」
「なんで?」
「紋章がついてんだろう」
「ああ……、そういうこと」
 上統学園の紋章――最も手っ取り早い威圧感の存在証明。
 ロゼットは言われた通りに鞘をベルトの固定から外してその手に持つ。
「良し。あ、念のため聞いとくが何か収穫あったか?」
「ある訳ないっての、待ってただけだし。あ、でも他校の生徒を見たよ。ネイズビーの連中」
 それを受けたサラサの驚愕の表情。
「ネイズビー? 参ったな、こっちでもコンスタンツの学生を三人見かけたんだ。意外に注目されてるらしいじゃねェかよ、ここの“仰典”は」
「急いだほうがええんと違うか? ここまで来て横取りされたら敵わんやろ」
「応、とにかく早めに行動出来るようにしよう。良し、行くぞ」
 サラサの一声で一行は首長のもとへ。清潔な外観の四階建ての建造物――その四階部分、受付を通してさらに奥へ。目的の部屋の扉――サラサがノック。中から応対の声がして、一行はドアを押し開けて入室。
 サラサが一行を代表して挨拶。首長――初老ほどの女性。サラサの態度に気を良くした様子。首長が応接のソファに移り、サラサも対面を勧められて座る。四人も椅子を勧められるが、丁重に断って壁際にそれぞれ姿勢良く立つ。首長が口にした単純な感想――まるで軍人。
 ロゼット達――基本的に無言。礼節の類はサラサに丸投げ。
 サラサと首長――世間話の応酬。
「それで、どうして貴女達はここへ?」
 ようやく本題に。欠伸を噛み殺したロゼット――決死の忍耐。
 対してサラサの流暢な口述。
「実は先日、シェイ・ロー国内に契約者が現れました。そしてその進行方向から、次に危険だと考えられる場所に我々が配属され、安全が確信できるまでの間警護せよ、という訳でして」
 契約者――魔族と同体となる契約を交わし人外となった人間の総称。
 サラサの自信有り気な口調――それを聞いてふと不思議に思うロゼット。姿勢を崩さないまま携帯をマジックディスプレイで通常起動――ロゼットの側からは見えるが、反対側からは見えない状態。そこに起動したプライベートチャットでリーネへ、
《契約者?》
 と発言。リーネがそれに反応して言うには、
《方便やろ。まさか正直に“仰典”取りに来たとも言えへんしな。ウチらがここに居るのに一番都合のええ理由やな》
《成る程ね》
 納得するロゼットの眼前で話を進行するサラサ――基本的に大嘘。
「この近郊にも我が校の生徒が配属されています。そのため万一契約者が出現したとしても戦力的には――」
「もし実際に契約者が来たとして、貴女達で十分に対処できるのかしら?」
 サラサを遮るような首長の発言――話のペースを乱されて顔を引きつらせかけるサラサ。
「……ええ、それは問題ありません。例え我々だけであっても対処可能です」
 その言葉には偽りなし――各国ケイトリの下で兵学の高度な技術を教育され、卒業すれば軍の高位官へも任官される武人養成所――その特待生五人。剣と鎧で戦う旧世代の武人軍団を残らず地方の農地に撤退させた、Wordという新たな力を武装する次世代の兵士達。言葉の通りに五人であっても対処は可能――撃退できるかどうかはまた別の問題。
「ですので、より重点的に警護すべきものや場所があるとしたら先ず教えて頂き――、……どうされました?」
 さっきから調子を崩され続けるサラサ――首長の深刻な表情に気づく。
「契約者――、そう、……それが本当のようね。だから他の学校も……」
 サラサに言っているようにも、誰にともなく呟いているようにも思える口調。その中に聞き逃せない言葉――“他の学校”。
「他の学校? それは、一体どういう……」
 初めて聞いたというような口調のサラサ――ネイズビーとコンスタンツの学生の動向を探るつもりで聞き返す。
 それを受けた首長が変わらず真剣な表情で言うには、
「統一学園さんは、全部で五校だったかしら?」
「え、ええ……、そうですが」
 身構えるサラサ。そこに放たれる言葉――、
「――実はこの数日で、他の四校からも学生が警護のためとしてこの町に来ているのよ」
 あまりの驚愕に目を見開くサラサ――同じく堪えきれず表情を崩した後ろの三人。
 そして人知れず窓の外を遠い目で見るサキスケ。

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