切断/呪詛
鏡典
3
ジュジュは旅をしていた。
探し物を見つけるための旅――失くしたものを見つけるための旅。
あるいは亡くしたものを見つけるための旅。
ジュジュの求めるもの――ひとつめは散らばったWordの全て。
Wordを探すのに困難だったことはその始めだけだった。一本の糸としてつながっているWordの切れ端を見つけたときにジュジュのWord探しは始まり、また同時に終わった。ジュジュはそのWordをいかなるときも手放さず、今も読み続けている。
ジュジュの求めるもの――ふたつめは“他人”。
ジュジュは他人を求めて歩いていた。他人となった自分を――自分となった他人を。つながったWordの先端部分が、自分に“他人”を教えてくれるのだという予感が、ジュジュにはあった。だが同時に、ジュジュは自分が“他人”を殺したのだと知っている――だからこそ黒を纏う。
永遠に“他人”を悼むための黒の色。
名も知らない“他人”を悼み続けるジュジュは辿る――その手元から伸びるWordの糸を。
伸び続けるその糸――町の中へと続いている。
「ここは……、あまり、昔と変わっていないようね」
両目を縫い付けられたジュジュが身につけた能力――空間把握能力。自分の周囲を漂うWordの気配を探る――「道」に付着し「道」の意味を持つWord、「家」に付着し「家」の意味を持つWord、「人」に付着し「人」の意味を持つWord、個々の意味を個々で理解するWordの全てを感知し、空間の情報を構築。視覚よりもリアルな、より広範囲な情報収集能力。
《見えるのか》
エリアの声がジュジュに問う。
「そうね。この道も、あのお家も……。ここにあった木はなくなってしまったのね」
加えてジュジュの手にしたWordの糸――そこから伝わってくる“他人”の過去。かつてこの場所に立っていた“他人”の視界が、記憶のWordを通してジュジュに伝わってくる。
過去との二重展望――ジュジュは“他人”と自分の意識が重なりあうのをいつも以上に強く感じながら、ゆっくりと歩く。
「それにしても」
ふと、ジュジュが不思議に思って呟くには、
「静かなところね」
《そのようだな》
人の行き交う気配――なし。町にあるべき活気付いた様子――まるでなし。存在する人の気配――町の中央に全て集中している様子。
周囲のWordを読みながら、手元のWordを手繰っていく。自分と“他人”の意識が何度も交差するのを感じる――より強い過去の印象の存在証明。そしてWordの導くまま、西側の脇道へ。左右を建造物で挟まれた細い道を抜けると、見えたのは家――そこにぽつりと一軒だけ建っているその家。これ以上ないほどに荒廃した、その家。
リィン――。
そこで唐突に、それが来た。
「あ――――」
強力な――今までにもあった数回の、急激で強力な“他人”の意識の混入。
「あ――――あ」
リィン――。
リィン――。
リィン――。
流れ込んでくる大量のWord――多くの時間を共有した場所であることの証左。情報の処理――そのWordの全てを理解するための懸命の処理。処理が進行していくにつれ、ジュジュの呼吸が静かなものになっていく。
「――あ、あ――。――……あ」
エリアの声は無言。
ジュジュはそれからも数秒、空を仰ぐような格好で呆然――そしてようやく、その足が動く。
震えるその唇が誰かに語りかけるように言うには、
「地下、地下へ行くの……? そこで、そこでわたしは……。解っていますわ、――父様」
そしてまたWordの導く先へと歩き出す――だがそのときジュジュの歩行は、その導きを必要としないほど確信に満ちていた。視覚を超えるWordの空間認識を凌駕するほどの、確実な過去の導き。ジュジュはそれに従って歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。歩く。
そして、そこに来た。
そこは威圧的で気味の悪いWordを纏った外観の施設――地下へ降りる階段を内部に有する施設。
その施設――牢。
ふと、その全体がWordで覆われているのに気づく――その施設を隠匿するような意味を持たせた、意図的に書かれたWordの様子。偶然にただ通りかかっただけなら、“その存在を気にかけることすらないまま”過ぎ去ってしまうであろう場所――Wordの導きを持つジュジュだから気づけた存在。
ジュジュは右手の一振りでそのWordの全てを抹消。
急かされるように施設へ侵入。外観以上に不気味で、圧迫感を感じる内部。湿気と、黴の匂い――そして、腐臭。入口の前方に細長い窓――唯一の窓。左側の壁には予定表らしきボード――書き込まれている最新の日付――去年のもの。そして右側、鉄格子の扉の向こうに階段――地下へ至る階段。
人影――なし。ジュジュは早足で扉へ。
と、
「ならん」
ジュジュの目の前にレイピアが突き出され、行く手を遮った。
咄嗟のことに身体を強張らせるジュジュ――その完璧な空間認識の外からの動作。
ジュジュはそこで、二人の男がそこに居るということを知った。ジュジュが認識できなかった男二人――Wordが認識できなかった人間二人。左側の男――壁を背にして立ち、ジュジュのほうを見ている。右側の男――椅子に座ったまま、虚ろな表情で微動だにしない。どちらも生気の感じられない青白い顔――気味が悪いほどの無表情と、どこか遠くを見ているような両目。
冷静さを取り戻し、それを無視して進もうとするジュジュ――依然として左側の男がレイピアでその行く手を遮る。
「通して」
懇願するジュジュ――階段の奥の暗闇を見続ける。手元から伸びるWordの糸は、その奥へと続いていた。
「ならん」
対して男の返答――有無を言わさない物言い。
「知らない顔だ、ここの人間ではないな」
「通して!」
「ならん」
「どうすれば通してくれるの?」
「オマエではどのようにしても通れない。祭司様ならば通れる。また祭司様の使いならば通れる。オマエでは通れない」
「祭司……、祭司の使いとしてなら通してくれるのね? 祭司はどこに?」
「そう。そう祭司様、なら、また祭司様の使いならば通れ、通れます。祭司様は中央にある教会に、いる」
男の奇妙な言動――違和感。
「あなた、何を……?」
「祭司様ならば通れる。また祭司様の使いならば通れる。また祭司様の使いならば祭司様ならば通れる」
「――そう」
淡々と言葉を発する男――その姿に、ジュジュがふと気づく。
「わたしでは通れないの? わたしが祭司の使いとしてなら、それかここに祭司を連れてくれば、それでも私は通れないのかしら? ……ところであなた、お家はどこ?」
少しの間。
「――オマエでは通り、お通りになり、なられ、なり、ない。祭司様がお通りになり、です。オマエでは通れ祭司様ならば通れ、られ、ならば通れ、です、ない。ここの人間では、ない顔、ならば通れ、です」
「わかったわ」
踵を返して施設を出る。男はジュジュが出て行った後も何事か呟いていて、もう一人の男は終止ぴくりともしなかった。ジュジュは早足で教会へ向かう。
「ねえ、あの二人って」
ふと、エリアの声に問う。声はジュジュの問いに答えて言うには、
《死人だな》
「やっぱり」
ジュジュの確信――ジュジュの認識を逃れた男二人の真相。
「二人とも『物』のWordだったから。動いたときは驚いたわ」
《お前の目的のもの以外にも何かあるようだな》
「迷惑だわ」
ジュジュの吐息――不本意な行動の後悔。そこへエリアの声が言うには、
《死人、ならば、殺しても良かったのではないか》
「――ダメよ、そんなこと出来ないわ」
それを受けたジュジュの即答。
そしてあくまで真顔で、
「死んでる人を殺すのは無理でしょう」
《――そうだな》
エリアの声も同じ調子でそれに答える。
その一言で、何かを考え始めるジュジュ――黙り込んで、切なげな表情。
「ねえ、いつか――」
そしてふと口を開く――呟くような、確かめるような声。
発してはならない最大の衝動が不意に口をついて出かける――必死の思いで阻止する。
エリアの声は無言。
ジュジュはそこで言葉を切り、また何かを考え――、
何も言わないまま、早足で前へ。
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