切断/呪詛
鏡典
11
ジュジュの感覚を覆っていたWordの波が引いていく――それに伴いジュジュの空間把握が機能する。それによって知り得たジュジュの現在位置――つい先程までと変わりなし。どこか別の場所に飛ばされたような様子はない。
だがその場に感じる違和感――それまでの場所と何かが違っているように思える妙な感覚。Wordはまだジュジュを認識している――波紋のようにざわめき立ち警戒態勢のまま。ジュジュはWordに触れる直前に聞こえてきた声へ、言葉をかけてみようとする。
《ねえ、誰かそこに――》
驚愕。
ジュジュが発した言葉は音にならず、Wordになってその口から吐き出された。よく注意して周りを見れば、吐き出す息も、靴の音も、全てのものがWordになっていることに気づいた。ジュジュが自分の手を見れば、身体には透けてWordが流れているのが見える。
異常さを感じると同時に、ジュジュはこのとき自分が居る場所を確信した。
そこは高位のFocus――Wordが生息する源流により近い階層の世界だ。Wordは全ての階層の世界に同時に存在し、また自由に行き来する――意思持つWordの明確な攻撃によってこの階層に移動させられたのだと確信。これほど人間とWordが近しくなるような階層にいれば、元の階層にいる人間からは決して認識されないはず――間近で“転送”を見た人間がいれば、恐らく全員が口を揃えてこう言う“神隠し”。
そして、どんな人間だろうと、突然ここまで高位のFocusに飛ばされれば、自力で元に戻ることは不可能――ただ、ジュジュだけを除いて。
あるFocusの次の階層にあたるFocusへは、その世界を▼一枚めくることによって移動することができる。まともな人間は、世界を▼めくることが可能だということを認識できない――だが、ジュジュはそのページの端を▼つかむ方法を知っている。
その方法によってジュジュは普段からFocus0を数枚▼めくった場所に身体を置いている。階層が近しいため他人からは認識されるが接触はできない位置――“銃弾が効かない体質”の種明かし。
これこそがジュジュの第二の特性――Word以外でFocusの存在を知る新たな生物。
ジュジュは容易く世界を下方向へ四十七枚▼めくって元のFocusに帰還。
そして細く吐息し、先程の声へ向かって、
「少しの間だけ入れてもらえればそれでいいのだけど」
扉にわだかまるWordは変わらず警戒態勢。
と、
リィン――。
音がした後に頭に声が響く。
――オマエ、なんなんだ。人間じゃない。
改めて聞くと奇妙な音声――声でありながら声音がない。人が喋っているのだと理解はできても、性別・年齢を推定することができない。直接声を発しているのではないと理解――Wordを介した音声伝達。
「わたしがなんなのか、この部屋の壁に書いてあるかもしれないの」
ジュジュの正直な返答。
三秒待つ。
「ねえ、開けてちょうだい」
声に苛立ちが混じる。
と、それに応えてWordを介した声が言うには、
――イヤだ。
断固。
「どうして?」
――信用できない。
「何を?」
――殺すかもしれない。
「わたしが? あなたを?」
――そう。
「あなたになんか興味ない」
――信用できない。
循環。
苛立ちがジュジュの身体を駆け巡る。右足の爪先で軽く床を叩く足踏み――床が軋んで小さくひび割れる。
「どうすれば信用してもらえるの?」
――オマエがあいつらと違うって証明すれば信用する。
「あいつら?」
――殺そうとしてるやつら。ここにいっぱい来てる。
「どうすれば証明できる?」
――あいつらを追い払ってくれればいい。
「誰を追い払えばいいのかわからないわ」
――暴れてくれればいい。そしたらきっといなくなる。
「そう、暴れればいいのね」
――明日だ。あいつらは明日なにかやる。
「そう」
再びの細い吐息。
「じゃあ、暴れてあげるわ」
そして、世界を下方向へ二十枚ほど▼めくる。Wordの源流から離れれば離れるほど、世界では時間の流れが早くなる。ジュジュはそこで数分を数え、朝を待つ。元のFocusから二十枚も離れた世界――誰にも認識されず、世界にただ一人。
ジュジュはそういった場所で時を眺め、そして時が来れば動く。
「そういえば――」
ふと思い出す――ジュジュがジュジュとして目覚めて以降の過去。
「もう一年くらい、寝てなかったかな」
エリアの声は終止無言。
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