切断/呪詛
鏡典
1
少女がいる。
その頭上は快晴――雲ひとつない快晴。
吹く風も冷気を帯び始める、秋の乾いた快晴だ。
蛇行する道の上を吹く微風の中に、少女は確かにいた。黒の長髪を軽く押さえるその姿――優美と言うのが相応しく思えるような少女だ。美しいその姿に似つかわしく、整った身体のパーツの数々。小さな唇、柔和な印象を与える眉、そしてそこにあるべき両目――黒の糸状のものでしっかりと縫い付けられている、その両目。
少女の姿の中で、唯一そこだけ、そして強烈な異常さを感じさせるその両目。
失われた両の眼。
過去の存在証明。
タイトなその服装――全身を覆いつくす黒。全身で不吉さを誇示するようなイメージカラー。それを引き立てる少女の両目。それらが結果的に感じさせる少女の印象――不気味の一言。
少女の指先が、思い出したように右耳へと動いた。そこにあるのはピアス――まだ少女はその意味すら知らない、猫の瞳のような、ラピスラズリのピアス。
「……あれ、かしら」
少女の声――ひたすら可憐。
少女の視線が――存在しないはずのその視線が――見ているものは、都市部から大きく離れた小さな町だ。
《恐らくは》
それに答える声があった。低く、遠くにも近くにも聞こえる声。だが少女の近くには、声を発したものの姿はない――少女以外には決して聞こえることのない声。
その声は、少女の内部――少女のエリアの内部でしか聞こえない声だ。
《それを辿ってきたのだ。違うはずもあるまい》
「そうなのだけど」
そう言って、少女は自分の手の中のWordを見た。
確かに、存在しないその眼で、見た。
そのWordは一本の糸を成していた。その中の一文字は直前の一文字からつながり、そして直後の文字へとつながっている。少女はそのWordを辿って今この場所に立ち、そして歩いている。
そのWordが次に指す場所が、少女の爪先の方向にある町というわけだ。
「結構いいとこのお嬢様なハズなのだけどなぁ」
《時が過ぎれば町の様も変わるだろう》
「そんなに急に変わるものなのかしら」
《ふむ》
「ここに住むことになるのかな」
《都市への移動経路の可能性もあろう》
「そんな話、あったかなぁ……」
そうしている間にも、少女の手の中から伸びるWordの距離が短くなっていく。
「ま」
少女の声――ひたすら可憐。
「読めば解る――、か」
その言葉――あるいは妖艶。
少女は笑んだ。
息を漏らすような無邪気な笑み。
その反面――破滅的な、その笑み。
笑みが、少女の歩みを少しだけ軽くした。
少女のWordが最後に示すものの先に求めるものがあると予感――少女が自分のWordを見つけた瞬間から持っていた予感。少女が求めるものへ、名前を届けるために。
その名前――少女が自分の名として使用している名前。
少女の借り物の名――ジュジュ。
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