「メリーさんとの攻防」

   SISIKI

 その日は枕元から聞こえる電話の着信音によって坂井雄介は起こされた。時計を見る。時間は12時を過ぎていた。慌てて日付を見ると幸い日曜日だった。
 安心しつついまだなり続ける電話を出ると、そこから聞いたことのない少女の声が聞こえてきた。
「わたし、メリーさん。今駅のホームにいるの」
 そう言ってすぐに電話が切れた。
 寝起きだったこともあいまってか、状況が飲み込めず、少しの間ほうけていたが、すぐにいたずら電話と割り切ることにした。
 その後、着替えや歯磨き、髪を整えるなどの朝の習慣を人通り行った後、トーストを焼き遅い朝食を取ろうとしたとき、また電話が鳴り出した。
 さっきの電話のことを忘れたかのように雄介は電話を取る。電話の先から、ガタガタと言う規則正しい音と、先ほどのいたずら電話の少女の声が聞こえる。
「わたし、メリーさん。いま、電車に乗っているの」
 言い返そうとする前に電話が切れた。
 電話番号を確認すると非通知だった。たちの悪い電話だ。少女がメリーさんだと言うのなら、また電話がかかってくるだろう。
 そう思い次に電話がかかってきたときに相手を問いただすことを決め焼きあがったトーストをほおばった。

 数分後、予想通りまた電話がかかってきた。次はきっと駅に着いたといってくるはずだ。
 相手に話す言葉を確認し、受話器を取る。
「わたし、メリーさん。今駅に着いたわ」
「お前は誰だ? たちの悪いいたずらはやめろ」
「駅の目の前に映画館と大きなビルが二つ見えるわ」
 雄介の言葉に耳を傾けず電話は切れた。
 彼は電話の少女に軽く怒りを覚えつつ自身も電話を切ると、少女の言葉を思い出だす。
 映画館と二つのビル。自分のよく利用する駅の特徴をよく掴んでいる。同じような特徴を持つ他の駅と言う可能性もあるが、電話番号を知っているのだから住所を知っていてもおかしくない。
 駅から家まで少々距離がある。もし本当にメリーさんだと言うのなら目印のあっる地点に差し掛かるたびに電話を掛けてくるはずだ。そう思い、また次の電話を待つことにした。
 案の定それから何度も電話はかかってきた。そのつど雄介は少女の真意を問いただそうとしたが、一向に返答は得られず、最後は気味が悪くなり、留守電にし無視を決め込むことにした。

 電話が鳴る。単調な電子音が三度繰り返されると、留守電のメッセージがながれる。
 録音開始の合図とともにまた少女の声が流れ始めた。
「わたし、メリーさん。今貴方のマンションの一階にいるの」
 そう言ってまた電話が切れる。
 今までいたずらと高をくくってきたが、今になって言いようのない恐ろしさがこみ上げてきた。
 もしや本物では。
 その考えが思い浮かんだ瞬間、自分の心臓の鼓動が聞こえるような気した。背中からも暑くもないのに汗が出てきたように感じる。
 もしやつが本物だというのなら自分は後ろに立たれたという電話を合図に、殺されると言うことだ。人ではなく、お化けという非科学的ないるかいないかわからないようなやつに。
 理不尽だ、通り魔や自分に恨みを持つような人間に殺されるのも理不尽だが、幽霊に殺されるなんてそれ以上に理不尽だ。
 そう考えることでどうにか恐怖を押し込めようとしていると、また電話が鳴り始めた。
 その音によってまた恐怖が蘇り、ゆっくりと電話の方を向く。また電子音が三度なるととも留守電のメッセージが流れ、録音の合図が鳴る。そしてメリーさんの声が流れる。
「わたし、メリーさん。今貴方の済んでいる階にいるの」
 来た。後数分でやつは家に入り自分の後ろに立つ。きっと俺は振り返ってしまう。後ろにいると言われ、とっさに、何の警戒心も抱かずに。
 その予想に彼は立っていられず、ひざを突いてしまった。何も考えられず、ただ辺りを見回す。なんでもない学生の住む簡素なアパートである。軽くため息をつき顔を上げると、電源の入っていないテレビがあった。いつもならニュースやドラマ、バラエティーなど自分に娯楽を提供してくれるそれも、今はただの物としか見れない。それを眺めていると、ふとある事に気づき、思いついた。それが成功するかわからないが、一か八かの勝負に出ることを決めた。
 恐怖から、解決策が見つかったことからの安心感からだろうか。それとも藁をも掴む思いなのだろうか。それからの行動は早かった。必要なものがどこにあるか確認し、すぐに使える位置に移動させ、電話を待ち構えた。
 単調な電子音が聞こえる。来た。三度鳴ったあと留守電のメッセージが流れる。汗が頬を伝って落ちる。録音の合図がした。やつの声が流れる。
「わたし、メリーさん。今貴方の後ろにいるの」
 その言葉にとっさに振り返ろうとする自分を押しとどめ、ある場所に向う。
 ルートはきちんと考えてあったため、後ろを向くようなことはなく、目的の場所まで着くことに成功した。
 そこに着くと、すぐに目を瞑り一度深呼吸をする。心臓が高鳴る、自分の背後に何かの存在があるように改めて感じる。
 そして、覚悟を決め、雄介は目を開け、目の前の物を見つめた。
 そこには自分の姿ともう一人、自分の背後に赤い服を着た髪の長いの少女がいるのが見えた。
 そう、鏡である。彼はテレビに反射して映る部屋の風景に気づいたのだ。振り返れば殺される。なら振り返らなければ良い。単純な考えである。
 鏡に映る少女を見つめていると、鏡越しに少女と目が合った。
 刹那少女の目は大きく開かれ、いきなり悲鳴を上げだした。
 その声は雄介にも聞こえ、とっさに耳をふさぎ、目を瞑った。
 悲鳴が聞こえなくなり、ゆっくりと目を開けると、鏡には自分しか映っておらず、少女は見当たらない。
 後ろに後ずさりした。ただ後ろの壁にぶつかるだけだった。
 後ろを振り返らないように電話に向う、着信履歴と留守電が消えていた。
 淡い期待が胸に沸いた。さっきとは違った意味で心臓の音が聞こえる。つばを飲み込み、ゆっくりと後ろを振り返る。
 なにもない。誰もいない。ただ自分の部屋があるだけだ。
 それを理解すると同時に、腰が抜け床にしりもちをつき、頬が引きつり始めた。それに身を任せると、安堵とともに雄介は大きな声で笑い始めた。
 勝ったのだ。俺はメリーさんと言う妖怪に勝利したのだ。
 辺りを見回す。まるで先ほどまでのことが嘘のようにそこは自分の部屋で、昨日と変わらずそこにあることを主張している。
 一頻り笑った後、もう一度着信履歴と留守電の録音を調べてみた。両方ともなくなっていた。
 どうやらあの少女は本物だったようだ。しかし今となっては恐怖は湧いて来ない。
 その日の晩、昼の恐怖はどこ吹く風と、明日の学校での良い話の種が見つかったと思いながら床に就いた。

 一ヵ月後、その日は枕元から聞こえる電話の着信音によって起こされた。時計を見る。時間は12時を過ぎていた。慌てて日付を見ると幸い日曜日だ。
 軽いデジャビュを感じつつ電話に出ると、そこからどこか聞き覚えのある少女の声が聞こえてきた。
「わたし、メリーさん。今駅のホームにいるの。……今度は負けないからね」
 そう言ってすぐに電話が切れた。

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