『ここにも絶対それはある!』

   ヨコチ

 六月が降らせた雨の中、一人の少女が立っていた。落ちてくる雨粒を、目を見張るような白い傘が弾いていた。雨粒が撥ねるような旋律で舞い、レンガ造りの地面に落ちて更に音を立てる。
 待ち合わせだろうか、目印になるような銅像に寄り添うようにして少女は佇み、腕時計に目をやる。
「三十分……」呆れたように、しかし演技がかった調子で呟く彼女の表情は明るい。曇天に犯された灰色の景色に、彼女だけが色を得たような笑みだった。
 辺りを見渡せば、人は皆俯きながらどこかへ向かう。雨は容赦なく降り注ぎ、そんな日にこそ風は冷たい。
 少女は空を見上げた。押し潰されんばかりの、いかにも鈍重そうな雨雲が威圧するように頭上に広がっていた。
 そんなことで気が滅入る? 何を馬鹿な。
俯き、どこかへ向かう人々を尻目に少女は空を見上げる。その表情は分厚い雲の向こう、確かに広がる蒼天の様に晴れやかだ。

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 水溜りを飛び越え、人と人の間を縫うように進み、赤に変わりかけた信号に滑り込むようにして横断歩道を駆け抜ける。
 Gパンの裾ははねた泥や雨水に汚れ、時間を掛けて整えた髪は早くもヘタレ気味だ。走りながら差す不安定な傘から漏れた雨粒が絶えず彼の服を濡らしていた。お世辞にも「キマった」格好ではなかったが、それでも速度を落とさず町を駆ける。
「急げ、急げ」誰に言うでもなくそんな言葉が漏れた。
 まず初めに謝ろう。こんな雨の中で一人にしてしまったことを素直に謝罪しよう。そうした上で、行きつけの喫茶店に行くのだ。
 彼女の好きな温かいココアは、こんな日にこそきっと幸せな味がする。甘く深く、ほろ苦い。温もりに乗って、体の隅々までそんな感覚が広がったら、遅刻の理由を話そう。
 想像の中の甘さが染み出すように自然と頬が緩んでいた。
 この先には彼女が待っている。そのために急ぐ。何と単純で幸せな図式だろうか。
 
 ――目を向ければ、そこには彼女が居る。
――目を向ければ、直ぐそこに彼が居た。

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