Cinderel-la/十一時五十九分のガラスの剣

   tenkyo

   1

 私は息を止めて走った。
 踏み出された右足の踵が、道端に落ちていたガラス片を勢い良く踏み砕いた。パキン――粉塵となって舞い上がった名もないガラスたちは、空中で私の魂に巻き上げられ――、私のガラスと化した。
 ゴン――北の方から、時計塔が十一時を知らせる鐘を鳴らしたのが聞こえた。十二時になったら諦めな、魔法が解けちまうからなァ――私は、奴の言葉と、腹の立つ半笑いが張り付いた憎たらしいあの顔を思い出す。半年放置した牛のクソみたいな全身をしたあの魔法使い――名前は確かビィドロとかいう――は、どう考えても面白がっているだけで、私を助ける気などないのだろう。奴が寄越した力は強力だが、十二時までという期限付きの上に、奴を喚ぶために支払った対価を考えれば、余りにも割に合わなさすぎる。それでも、それに縋るしかなかった私は、たぶん何よりも愚かだ。
「時間が――」
 時間がない。
 焦りから思わず言葉が漏れ、その言葉によって私の呼吸は乱れた。十二時になって魔法が解ければ、私に二度と機会は訪れない。私は乱れた呼吸を整え、また息を止めて走った。この機会を果たすために――誰のためでもなく、ただ自分のためだけに。
 そのときだ。
 道を曲がりかけた私の視界の端へ、薄暗い街の中で不自然に煌くいくつかの光点が映りこんだ。光が私の頭上から直下し始めるのを捉えてから、私はその光の根元にあるものが、私の心房を突き刺すことをこの上なく楽しみにしている剣の切っ先であることを知った。
 番兵だ。
 またか――その言葉が思わず私の舌の上に乗る。城で行われている《舞踏会》の為に、この日は普段に比べて格段に警備の数が多い。今まで散々暴れまわったせいで、私のことは街の隅々まですっかり伝わっていることだろう。
 何せ、こんなに目立つ姿だ。
 兵は三人いた。この道に張り込んでいたらしい兵たちの迎撃は完璧だ。私は、突然の攻撃に姿勢を崩してしまい、頭上からの無言の強襲を回避することができない。
 なので、
 パキン――。
 私は、私の魂を放った。
 それは紅蓮の火球だ。
 私の意志に合わせ、それまで私の身体の周りを漂っていた火球が軌道を取り、私と剣の間に割り込んで入る。眼前に飛び入ってきた火炎に、番兵は怯み、その剣の速度を鈍らせる。だが――、鈍っただけで、止まりはしない。恐らく、この三人は事前に私の力のことを知識として得ている。そのことから来る精神的優越が――、彼らの剣を止めない。
 だが、それは私にとって好都合だ。
 パキン――。
 私は燃え盛る火球を、意志の上で冷却する。
 火球は私の意志に即座に反応した。私の火が――、そこで熱されていた二酸化珪素が冷却され、硬質化し、無形から有形へと変わる。
 あの魔法使いが寄越した力が形を成す。
 それはガラスだ。
 ギン――私の火球は分厚いガラスへとその姿を変え、兵の剣を受け止めていた。兵の間に驚愕が伝わったのを感じる。どうやらここまでは知らなかった様子だ。
 私はガラスを右前方へ押し出し、触れていた剣を弾き飛ばす。私は同時に立ち上がり、地面を蹴って前へ。ガラス球を操作し、ガラ空きになった兵の脇腹へ叩きつける。中央の兵が横へ吹っ飛び、地面に崩れ落ちて気絶する。私が道を突っ切ろうとするのを、残った二人の兵が左右からフルスイングの構えで迎え撃つ。一人は上段を、もう一人は下段を振り抜く構えだ。私はガラスをまた意志の上で加熱し、火球へと変化させ、さらに二つに分断した。
 そして、二つの火球を私の両脚へ。
 ガラス化する。
 熱を感じるのは一瞬だ。
 その熱の直後には、私の両脚にはガラスの靴が出来ている。
 跳ぶ。
 右へ。
 兵の肩を左足で踏み、遅れて来た右で胸部を蹴り飛ばす。
 兵の身体が崩れ落ちる前に肩を踏み切って左へ。
 宙を舞う私を呆然と見ている兵の頭部を、私の両脚が捉える。
 ドロップキック。
 私は地面に落ち、三人の兵が全て沈黙したのを尻目に、また走り出した。身体を起こして踏み出したときには、ガラスの靴はもう火球に戻っている。火球はまた私の動きを追い、私の周りで浮遊する。
 これが私のガラスだ。
 私のガラスは燃えている。
 魔法使いはこの力を寄越すとき、私にふたつの制約を付けた。ひとつは、十二時までという期限。そしてもうひとつは、それまでに私が《目的》を果たせなかった場合、そのときに――、
 私の魂を、奪うことだ。
 私のガラスは私の魂を削って燃えている。
 今も一秒ごとに、私の魂の期限が近づいてきている。
 十一時十二分。
 十二時までに必ず、私は目的を果たす。
 必ず――。
 必ず、私は王子をこの手で殺す。

   2

 城は奇妙なほどに静かだった。
 宴が――、舞踏会が終った後だとしても、ここまで静かにはならないだろう。この静かさはまるで、初めから誰もいなかったかのような――、あるいは、ここにいた人間の全員がいなくなった後のような、墓地に相応しい静寂さだ。
 私は、城の大階段を走り抜けた。
 地面を叩くごとに、軍靴に似た音を上げるのはガラスの靴だ。
 私は静寂の城を――、ただ一人の番兵すらいないその奇怪な無音の中を、ガラスと共に走った。
 長い階段が終った先、大きく開けた空間に出ると、私は足を止めた。城砦を目前に現れた空間は、等間隔の支柱と荘厳華麗な様式美の建築で構成された巨大なホールだ。舞踏会は、まさにこのホールで行われるはず――、だが、そこに大勢の人の姿はない。
 私は足を止めたままホール内に視線を巡らせ、
 私のガラスの靴の爪先が向ける直線の上、
 真正面、
 そこに立つ人影を、
 捉える。
「――――――ッ」
 奴だ。
 その瞬間、全くの無音だったその空間に、ふたつの音が生まれた。
 ひとつは長い音。
 あ――、という音で始まる、空気を振るわせて伝播するひとつの長い音。
 それは私の喉から伸びる咆哮だ。
 そして、もうひとつは短い音。
 カン――、という音で終わる、肌を刺すような鋭く短い音の連続。
 それは再び動き出した私のガラスの靴が打ち鳴らすタップだ。
 ようやく対面した奴との距離を縮める度に鳴る、私の魂の咆哮だ。
 巨大なホールの両端に立っていた二人の距離が、私の咆哮の度に縮まる。
 縮まっていく。
 走り続ける私に対して、奴は不動のままだ。
 その場に動かないまま、私のことを何とも思っていないような顔で、ただ正面を見ている。いや――、あの顔は、何とも思っていないなんていう次元じゃない。あの眼は、矮小すぎる私の存在に全く気付かず、私に対して何かを思うという段階にすら行き着いていない――、そんな眼だ。
 何とも思わない必要すらない、
 全てのものに対して圧倒的に勝利した、《絶対》を体現した眼だ。
 気に喰わねェ。
 私は右足で地面を踏み切った。
 跳躍する。
 前へ。
 ダン――と勢い良く地面を叩いて跳ねたのはガラスの靴だ。
 パキン――。
 私のガラスは、人間二人分くらいの高度の跳躍を容易に可能にした。私は宙に躍り出ると同時に、両脚のガラス化を解く。私の燃え上がる意志に呼応し火球へと戻ったガラスは、蛇のように細く伸びて私の身体のすぐ側で這う。
 ガラスを背中へ。
 伸びて伸びて伸び続けるガラスは私の腕を這ってさらに伸びる。背中から右肩へ、そしてさらにその先へ、右腕を螺旋を描くように包んでいくガラスは、私が奴に真直ぐ突き立てた右手の中指を越え、鋭利に、鋭利に、鋭利に伸長する。
 伸びていく。
 真直ぐ。
 パキン――。
 私は奴を殺すことに興奮し燃え上がっていた意志を、奴を殺すための算段を緻密に組み上げる冷徹な意志に切り替えた。その切り替わりに応じて、私のガラスも形を変える。
 ガラス化する。
 右腕のガラスは装甲へ。
 先端のガラスは槍へと。
 形を変える。
 跳び上がっていた私の身体が、落下を始める。
 加速していく落下の速度を繰り出す力に変え、私は右腕を前へ。
 ガラスの槍を、奴の眉間へと。
 突き出す――、突き立てる。
 突き刺す、
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――は !」
 ことは、叶わなかった。
 声。
 その声は、奴の声だ。
 眼も、大きく息を吸った素振りさえ微塵も感じさせずに発せられたその声は、一切の感情を感じさせないにも関わらず、びりびりと空間を揺らし、私でさえ一瞬反射的に身体を強張らせるほどの――、馬鹿デカい大声だ。
 その声と同時、奴は顔を少しだけ、
 傾けた。
 左へ。
 最小限の動きだ。
 たったそれだけの動きで、私のガラスの槍の穂先が狙いを見失って外れた。
 欲し求めていた鮮血と眼球と視神経の切れ端は得られず、私のガラスが得たものは、奴の側頭部の髪の先端だけだ。私の身体は落ちきり、両脚は地に着く。私は即座に右脚と半身を同時に引き、二度目の刺突を用意した。
 私はもう一度、右腕を突き出し、
「――謁見かッ !」
 吹き飛ぶ。
 後ろへ。
 途轍もない衝撃が、私の身体を叩いた。視界がヒビ割れたように常態を失い、衝撃によって平静を失った私の意志に応じて、右半身のガラス化が強制的に解かれる。私の身体は完全に私の意志から切り離され、その衝撃の余韻の奴隷となって後方へ。
 その甚大な衝撃を与えるのに、奴は僅かにでも私に触れることはなかった。
 放ったのは声。
 ただ一声。
 ただ一声発するだけで、私はその場に立っていることすら出来なくなった。
 私が再び地に着いたとき、私は片膝をつき、右拳を置き、身を屈め、視線を伏せていた。
 私は跪いていた。
 無意識に。
 その声を聞いただけで。
 その声が湛える《威厳》の一滴に触れただけで、身体がそうなってしまった。
 これが、王子――、
 これが、王族。
「――娘よ !」
 王子の声が、私の耳と耳の間を叩いて揺らした。私は奴の威厳の呪縛を振り切って立ち上がろうとしたが、その声をまた身体に受けてしまったせいで、再びその絶対さに屈服する。力を込め、身体を持ち上げようとしていた脚はさらなる重圧に崩れ落ち、私の顎は地面を叩き、奴への服従の姿勢を強いられる。
「ぐ――――ッ」
 その御前で息をすることすら許可されないのか、奴の威厳が私の喉を圧迫し、くぐもった呻きが私の喉から漏れる。私は動かなくなった身体の内でただ唯一眼だけを動かし、渾身の敵意の視線で奴を見た。
 奴が言う。
 この世のものとは思えないその声量で、穏やかに世界を揺らす。
「――いつの間にここへ来たのだ ! ――だが良い ! ――舞踏会はまだ終ってはおらぬ !」
 その発生の度に、威厳が私の身体を叩く。私は地面に捻じ伏せられたまま、声を振り絞って言う。
「その、舞踏会とやらに参列した娘たちは……、どこへ行った……ッ」
「――娘よ ! ――近う寄れ ! ――今宵、其方の生涯で最上の夜を与えよう !」
「貴様が……、近寄らせねえんだろうがッ……」
 奴の視線が、何かを探すように空間を彷徨っていた。恐らく、一度視界に入った私の姿を、今はまた見失っているのだろう。奴にとっての――、王族にとっての私は、認識していられるほどの大きさを持ったものじゃない。
 私はそれでも、奴に届きはしないだろうこの声を、絞り出す。
「解ってるんだ、貴様が城に女を集めて何をやってるかは――」
「――其方がこの世に生きている限り ! ――決して得ることのできない最大の幸福を !」
 王子は私の言葉など一切聞こえない様子で、ただ声を撃つ。
「これまでも散々やってきたことだよな、ここまでデカい規模なのは三年前のあの時以来だが……、貴様らがここで何をやっているかは問題じゃない、私が問題にしているのは――、三年前、貴様らがここに集めた女の中に、――その人を含めたって事だ!」
「――弱者には強者が ! ――与えてやらねばならぬ ! ――幸福と、絶対の安息を ! ――即ち、」
「――母上を!」
「――死を !」
 このとき、王子が初めてその足を動かした。どうやら、ようやく私の姿を見つけられた様子で、こちらを見ながら一歩ずつ近づいてくる。奴はまた、私に対して《威厳》を行使するつもりだろう。仮に奴が私に向かって“死ね”と言えば、私はそのあまりに威厳に溢れた声を、――聞くだけで死ぬだろう。
 私は声を放つ。
「私が――、私が何故、あの耳障りな声で喋る継母と姉妹の下で、泥を啜り手前の吐瀉物を喰らうような生活を十一年も続けていたのか――、貴様には死ぬまで理解できまい! 全てこのときのためだ! 貴様が城から出てくるこのときに、私がこの場に立つためだ!」
 王子が来る。
 そこに表情はない。
「一突き――、ただ一突きのために私は生きてきた――、最初はバカみてェに簡単な計画だったぜ、ドレスにナイフを忍ばせてただ刺すつもりだったんだ、ドレスは直前に長女を殺して奪うつもりだった――、アイツが舞踏会に出る直前に、アイツの腕と脚を折ってからドレスをキレイに剥いで、それから醜く殴り殺してやるつもりだった――、豪華なドレスに血もクソもつかねェようにな」
 私は、右手の指先が微かに動くのを感じた。
 王子の声がしばらく止んでいるおかげで、私の身体を縛っていた《威厳》が薄れてきている。
「だが――、笑えるぜ、苦境を生き抜いた私に起こった奇跡って奴だ、あのフザけた魔法使いのおかげで私のナイフは思い切り強力になったよ。でもな、私に取ってはこれまでの時間なんざ、苦境でもなんでもなかったのさ。楽しかったぜ、この三年間は――、たったひとつ目的があるだけで、どれだけクソをかぶっても大したことには感じなかった。切欠は確かに母上さ、でもな、切欠は切欠にしか過ぎねェんだ――、今の私にとって切欠はなんだろうとどうでもいいのさ。貴様を一突きするために生きる――、この魂だけが私にとっての本当なんだよ。貴様は死が最上の幸福だと思ってるらしいな、私もそれに反対はしねェよ、死ねばそれほど楽なことはない――、けど、私はそれ以上に幸福なことを見つけちまったのさ、――今からそれをてめェに教えてやるよ」
 パキン――。
 私は、私の魂を燃やした。
「――コレさ」
 そして冷却する。
 私は頭の左右に移動させた火球を一瞬でガラス化し、二本の棘へと変化させ、精密に、確実に――、自分の鼓膜を裂いた。
「ッ――――」
 痛み――、だがそれも一瞬だ。
 私は全身にまた力を呼び戻し、立ち上がる。
 王子が口を開き、何かを言い、威厳を行使しようとしているのが見えた。
 聞こえない。
 その威厳はもう私には届かない。
 パキン――。
 私は右手を前へ。
 火球と化した私のガラスを前方へ撃ち出し、奴の眼前で炸裂させる。拡散した火球は散弾となって奴に突き刺さる――、だが、奴の腕の一振りですべて振り払われた。
 私は即座に火球を呼び戻し、右腕に纏ってガラス化する。
 パキン――。
 ガラスは鎧と化し、剣と化す。
 私は動き出す。
 前へ。
 あ――、私は叫んでいるはずだが、その声は私に帰ってこない。
 しかしガラスは、私の咆哮に応じている。
 ガラスは私の魂だ。私の魂が燃え上がり、意志が強さを増していくにつれ、ガラスもその量を増していく。増え続けるガラスはさらに私の身体を覆っていき、私が次の一歩を踏み出したときには、ガラスは私を包み込む全身鎧と化していた。
 奴が目前に迫る。
 私は右腕を引く。
 一突き。
 そのためだけに、私は生きてきた。
 幸せだった――、何よりも、今このときが。
 動き出す。
 一突きを。
 だが――、
 左手が、――奴の左手が、私の一突きを容易く止めていた。
 バギン――!
 私の腕に感触として伝わったのはその音――、私のガラスの一突きが、奴の左手によって軽々と根元から折られた音だ。そして私は、その左手が、この世の何よりも優雅で華麗な動きで、私のガラスを持ち直し、静かに――、静かに前に差し出すのを見た。
 突き刺さる――、その切っ先が。
 私の腹の奥深くへと。
 伝わる感触は鈍い。
 前面の鎧が突き破られ、私の腹の中にある肉が切り裂かれ、背面の鎧へと突き抜けていく感触が、順番に、一瞬に来た。
 私は、王子の顔を見た。ここまで近くで見るのはこれが初めてだった。ずっと、私がこれまでずっと、求め続けてきた距離が、今ここにあった。この距離をようやく手にして、私は――、
 静かに、穏やかに笑った。
 パキン――。
 そのとき、王子に初めて感情が生まれた。
 その瞳の奥で微かに揺らめいた感情は、驚異だ。
 私は、私の腹の中に差し込まれたガラスを伸長させ、体内に根を張らせた。奴はガラスを引き抜こうとするが、抜けない。そして、それに気付いた奴はガラスから手を離し、一歩を引こうとするが、――その足も動かない。
「デカすぎる貴様らにとっては、私なんか小さすぎて微塵も視界に入らない、灰みたいな存在かもしれないが――、」
 その足を縛っているのは、私のガラスだ。
 それは、私が散弾として放ったガラスの一部だ。私はガラスを呼び戻したとき、二割ほどのガラスを王子の背後に残し、少しずつその足元へ近づけていた。
 王子が私を見て、眼を見開く。
 私は、自分の笑みが段々と深くなっていくのを感じた。
「――貴様はその灰に触れられて、死ぬのさ」
 私は魂を燃やした。
 私の身体を覆っていたガラスの鎧を、全て炎へと変えて燃え上がらせる。炎はすぐに私の身体を包み、そして王子の身体にも伝わった。私は王子の頭をしっかり掴んで、逃がさない。まだ燃えてもらう――、私の魂と一緒に。
 炎はさらに肥大化し、私の足元から広がっていきすぐに支柱へと辿り着いた。柱は端から順に着火し、龍のような姿で炎を立ち上らせる。天井に至った炎はホール全域を呑み込み、崩壊させていく。
 空間の全てを、私のガラスが燃やした。
 まだ、足りない。
 もっとだ。
 あ――――。
 私の声が、炎になって燃えていくのを感じた。
 私はそれを、冷静な頭でじっと見ていた。
 と、
 ――残念だったなァ!
 声がした。
 聞き覚えのあるその声――、魔法使い・ビィドロの声だ。
 姿は見えないが、どこからかその声が、私へと伝わっていた。
 ――口惜しいなァ、口惜しいなァ、でも約束は守ンないとなァ! 時間が来ちまった、――十二時だ!
 私は、燃え続ける炎の向こうに、城の壁面にある巨大な装飾時計を見た。
 その時計の針が、ちょうど十二時を指しているのを、私は見た。
 身体から、力が奪われていくのを感じる――、魔法使いが、私の魂を持っていくようだ。
 だが、身体はまだ動いている。
 もう少し時間があるようだ。
 私は微笑んだ。
「よく燃えてくれよ――、燃えるのに飽きたら、灰でも撒いてくれ」
 パキン――。
 私は燃え盛る炎の中から、右手の先端だけをガラス化し、そこに刃を作った。
 そして、その切っ先を、何かを言っているらしい王子の口の中へ向ける。
 その動きのために、私は右腕を、
 引く。
「私は――、灰かぶり姫シンデレラだからな」
 一突き。

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