傍観者であり続ける事

   SISIKI

 それから数日たち、十一月になった。
 事件はあれからも続いていたが、月を越えた瞬間ぴたりと止み、行方不明者は出なくなった。
 それを聞きつけたテレビはその不自然さを取り上げながら、約一ヶ月間何も情報を得ることができず事件の解決することができなかった警察を無能とたたくことを再開した。
 少しすると小学校も再開したが、行方不明になった小学生たちが見つかったわけではない。朝の道の寂しさは、小学生たちの声ではなく表情に表れている。
 駅でのビラ配りはよりいっそう激しくなり、事件を過去のことにしようとする世間に対し、事件が続いていることを示そうと必死のように感じられる。
 そんなことを考えていると、渡されたチラシを受け取っている自分がいることに気がついた。
 学校での話題も事件については聞こえなくなり、まるでみなそれを忘れてしまったかのようだ。それは塚本も例に漏れていない。
 世間は事件なんてなかったかのように新しい話題を求めていく。真剣に考えているのは地元の人間とボランティア、そして被害者くらいだ。
 それなのに正しいのは世間で、事件の傷をぬぐいきれない人たちが世間の流れから取り残されているような錯覚すら覚える。
 今まで気を使って委員会の出席についてとやかく言ってこなかったクラスメイトから出席の催促が来た特にやることもないので素直に出席することにした。
 俺の在籍している委員は風紀委員だが、べつに正義感に燃えて入ったとか言うのではなく誰も立候補しないからと言う理由で担任に指名されたからである。
 不本意で決まった委員に精を出しているわけではないが、気を紛らわすには良い暇つぶしだった。
 委員会は予想より長引き、学校を出るときには時計が八時を指していた。部活帰りの生徒たちと下校を共にするのは恥じえての経験だったが、いつもの下校と別段変わったことはなかった。
 電車を降りると時計はもう八時五十分を過ぎていた。夕飯に間に合わなくなると思い、俺は大通りではなく小学校の裏を通る道を使い近道をすることにした。
 街灯の少ない道は大通りよりも薄暗く、乾いたつめたい風が木を揺らし、肌を掠めるたびに冬の気候もあいまってか薄ら寒いものを感じさせる。気がつくと早足で歩いていた。
 小学校の裏に差し掛かると、街灯の下に地蔵が一体いるのに気づいた。位置からして昼は住宅の影に隠れて見つからない場所にそれは位置している。その横を通り過ぎようとした時、ふとポケットに違和感を感じた。それを取り出してみると朝もらったチラシだ。特に深い意味はなかったが、それを数秒眺めた後地蔵に手を合わせた後、走って帰った。
 家に帰るとちょうど夕食を食べ始めるところだった。と追記しておく。
 その日の夜、突然子供の笑い声で目が覚めた。体を起こし辺りを見回す。部屋には誰もいない。
 気のせいだと思いもう一度横になる。それを見計らったかのようにまた聞こえた。出所のわからない笑い声に怖くなった俺は目を瞑り動こうとしなかった。しかし笑い声はやむことはない、少しずつ落ち着いてきた時、笑い声が窓の外から聞こえてきていることに気づいた。
 意を決してカーテンを開けると、下の道路に袴姿の少年が一人こちらを見上げている。少年はこちらに気づくと、笑いながら手招きをした。
 時計を見る、深夜の二時だ。こんな時間に子供が外にいるはずはない。ふと脳裏に事件のことがよぎった。神隠しはあながち噂と言うだけではなかったらしい。
 ベットに入ろうとすれば笑い声が聞こえてきて外では手招きをしている。しかし少年はそこから動く様子はないようだ。
 埒が明かない。
 そう思った俺は恐怖がある中服を着替え防寒具を羽織り外に出ることにした。相手は子供、もしもの場合は逃げれば良いという思いがどこかにあったからだ。
 外に出ると少年は軽く微笑み俺の左手を掴み歩き出した。どこかに連れて行こうとしているらしい。手をつかまれるとき、「こっち」と言う言葉が聞こえたような気がした。
「なあ、どこに連れて行くつもりなんだい?」
 何度質問しても少年は笑うだけで答えてくれない。手を振りほどこうと考えたが、以外に力が強く振り解くことができない。このとき自分の考えの甘さを悟り、先ほど少年だからと言う理由で外に出たことを公開していた。
 どうにか逃げることはできないかと考えていると、いきなり少年は足を止め、手を離した。左手に手形が付いているのが見えた。
 怪しく思い少年を見ると、少年は右を指差した。そちらに顔を向けるとそこはいつも通り過ぎる小学校であった。
 何でこんなところに連れて来たのかと思い少年の方を見ると、そこには少年の姿はなかった。
 すぐに帰っても良いのだが、何故小学校に来たのかと思い小学校を見回すと、なぜか校庭の明かりが点いていることに気がついた。
 こんな深夜に電気が点いているはずなどない。そう考えた瞬間、校庭から子供達の声が聞こえてきた。
 とっさに声のした方を見る。わが目を疑った。そこには先ほどまで何もなかったところから現れる子供達の姿だった。
 子供達は校庭で思い思いに遊び始める。自体が飲み込めずにいると、子供達の中に何人か見た顔があることに気がついた。とっさにポケットに手を突っ込みあるものを取り出した。
 それは、朝もらった行方不明の子供達の顔写真が書かれたチラシである。一人一人確認する。校庭にいる子供達の顔と写真の顔は全てが一致した。この校庭で今遊んでいる子供達は行方不明になった子達だ。何故こんなところに。
「おいっ。そこで何をしている」
 いきなり後ろから声を掛けられた。
 俺は怖くなって振り向くことができない。声の主が近づいてきていることがわかる。とっさに目を瞑った。
「あれっ。お前、坂井か?」
 聞こえてきたのは予想に反して相手の驚く声だった。自分もその声には聞き覚えがあった。目を開く。そこには見知った顔が映し出されていた。
「伊藤じゃないか。こんな所でどうしたんだ」
「いや、それは俺のせりふなんだが、まあ見回りっかな」
 驚く俺に対し伊藤は言い辛そうにそう答えた。
「見回りって、こんな夜中にか? いや、それより今この学校に行方不明になっている子供達がいるんだ」
「ああ、知ってる。俺はそれを探しに来たんだ」
 いきなりの伊藤の登場に混乱を隠し切れず、しどろもどろな俺に対し伊藤は冷静にそう言った。
 その予想外な解答に、俺は一瞬思考が着いて行かなかった。
「えっ、探してたってこれを?」
 伊藤は軽くうなずいた。
「でも、何故お前が」
「まあ、なんと言うか。仕事……かな」
 俺の質問に対し、伊藤は軽く頭をかきながら何かを迷うように答えた。
「仕事って、何だよ? 探偵か何かか?」
「いいや、霊媒師みたいなものだよ」
 ますますわからなくなっていく。とにかく何がなんだかわからないので伊藤に説明を要求することにした。
 彼の説明を要約すると、伊藤は霊媒師みたいなもので、今回の行方不明事件には何か霊的なものが絡んでいる。霊がいるのは小学校だとわかっていたが決定的な証拠がなかった。今日はどういうわけかそれを見つけることができた。と言うものだった。いつもなら笑った内容だが、状況が状況のため、信じるしかなかった。
 伊藤の説明を理解できるころにはだいぶ時間がたっていた。校庭を見ると、子供達が校舎に入っていくのが見えた。
 俺は伊藤の方を見ると、彼も同じことを考えていたのか軽くうなずいて扉を乗り越え校庭に入った。
 すぐさま校舎に向おうとする俺を呼び止めた伊藤は、校庭の端にある切り株に向っていく。確かあそこは昔子供が落ちて亡くなったと言われている木の切り株だった。確か自分が通っていたときには柵があったはずだが、それは見当たらない。
 伊藤は切り株の前に立つと、懐から札を一枚取り出し何かを唱えた後、こちらに戻ってきた。
「終わったよ。さあ、帰ろう」
 あっさりと言う伊藤に対しどういうことかと聞こうとしたが、いきなり眠気が襲ってきた。目を閉じる瞬間、目の前にいた伊藤が何かを唱えているのが見えた。その時、「後で話すよ」と言う声が聞こえた気がした。

 朝起きると、そこはベットの上だった。
 昨日のことが夢だったかのようだ。着替えようと思い服を脱ぐと、左手に子供の手形があることに気がついた。夢ではなかったようだ。
 朝食を食べにリビングに行くと、母が何か騒いでいるのが聞こえる。
 どうしたのかと聞くと、母はテレビのほうを指差す。
『今日未明、行方不明になっていた子供達の無事が確認されました。なお、行方不明の間、どこで何をしていたのか、誰も覚えていないと言っております』
 その内容に驚くと共に妙な納得を覚えた。
 俺はいつもより早めに朝食を食べ、急いで学校に向った。
 学校に着くと、話の話題は予想通り今朝のニュースのことだ。
 塚本も他の友達とその話題で話をしているらしい。
 そんな状況に目もくれず、俺は伊藤の机の前に急いだ。
「おう、坂井どうした」
「伊藤、ちょっと昨日のことで話があるんだがいいか?」
 伊藤は驚いた後軽く頷いて二人で廊下に出た。
「よく覚えていたな、忘れさせたつもりだったんだが」
「そんなことしたのか、夢だと思ったけど、これがあったから」
 そう言って左腕の手形を見せる。伊藤は軽く眺めた後こちらを見る。
「で、何が聞きたいんだ」
「なにって、……できれば全部」
 伊藤の質問に実際何を聴こうか考えていなかった俺はそう答えた。
「漠然としすぎだな、もうちょっと絞ってくれないか」
「じゃあ、この事件の簡単な概要を」
「わかった。今回の事件はあの小学校で休み時間の時に木から落ちて亡くなった少年の霊が起こした事件なんだ。少年が落ちた木は縁起が悪いってすぐに切り倒したんだが、切り株に座ったりした子供が行方不明になる事件が起きてな、周りを柵で囲うことで封印の代わりをしていたんだ」
「じゃあ、なんで柵は無くなっていたんだ無くなっていたんだ? 柵がないってことは封印が切れたってことだろ」
 伊藤は軽く頷いて続ける。
「ああ、実は柵の結界は簡易的なもので後日御払いしてもらう予定だったんだが、学校側がそれを先延ばしにして気がついたら結界は破れて霊が活動再開ってわけ、俺がすぐ動けなかったのは行方不明になった子供達を保護しなきゃいけなかったから機会を見ていたんだ」
「そっか、まあ話してくれてありがとう」
 ちょうどよくチャイムが鳴った。俺たちは話を切り上げて教室に戻った。
 その後聞いた話だが、あの時手を合わせた地蔵は土地神のために作られたものらしい。しかし学校の裏ということもあり、そのことを覚えているのも今では数名しかいないそうだ。あのとき俺の手を引いたのはもしかしたら、この神様だったのかもしれない。
 まあ、それを確かめるすべはないのだが。

 朝の駅に向う道で小学生の元気な挨拶が聞こえる。事件の時には聞こえなかったので、なんだか久々だ。
 駅にはビラを配る人はいなくなり、学校の噂も昨日のテレビの話題。なんだかやっと追いついた気がした。

「なあ坂井、お前ってどうやら霊的な方向に才能があるらしい」
「へー、そうなんだ。俺にも意外な才能があるものだな」
「だから、これからよろしく」
「えっ?」
「助手、頼んだよ」
「はぁ、なぜ?」
「この前決めた。今この業界って人不足なんだよ」
「いや、勝手に決められても困るし」
「まあ、そお言うなよ、給料は出すからさ」
「そういう話じゃなくて」
「じゃあ明日の夜十時に駅前な。じゃあ」
「えっちょっ、まて」

続かない

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