傍観者であり続ける事

   SISIKI

『続いて、次のニュースです。先週から起きております連続児童行方不明事件においてまた新たな犠牲者が現れました』
 連日のように起きる小学生行方不明事件。それは近所で起きている。最初は些細な行方不明だったが、日を増すごとに被害者は増えていき、今ではその名前をテレビで聞かない日はない。最近ではマスコミが特番を組むまでになってきた。被害にあっているのは小学生の児童であり、幸い家には小学生はいないので関係のないことだ。
 俺はそのニュースを聞き流して朝食を食べ終え、家を出た。
 最寄の駅までは約十分、周りには自分と同じく駅に向う会社員や学生、母親と手を繋いで近くの学校に向う小学生。先生に向って元気に「おはようございます」と元気に挨拶している。そんなほほえましい光景を見るにとまるで事件なんて無いように思えた。時計を見ると一限までまだ時間があるので、その光景を背にゆっくりと歩きながら駅に向って歩く。秋から冬に変わり始めた十月の風が肌寒く、息を吐くと白くなって消えた。
 駅が近づいてくると駅のほうから「お願いします」という声が聞こえてくる。駅前で行方不明になった小学生たちの親とボランティアらしき人がチラシを配っているのだ。そんな人たちのチラシを受け取る人、一瞥して通り過ぎる人、無視して駅に入って行く人、と様々だ。俺はいつも通り目の前に出されたチラシを受け取らずに通り過ぎる。相手も何も言わずに別の人に向かっていく。それを気にも留めずに俺は駅に入り電車に乗った。
 30分位で目的の駅に着く、駅を出ると自分と同じ様に学校に向かう学生たちが駅から出て行く、そこから歩いて数分で学校に到着した。
 学校に着くと休み時間では行方不明事件の噂が聞こえてくる。いや、その噂しか聞こえてこない。やれ、誘拐事件だの現代版ハーメルンだのと言いたい放題だ。
 そんな噂に対し授業はいつもと変わりなく進み昼になった。
 俺は友達の塚本と伊藤の三人で机をつなげ昼食をとる。会話の話題はやっぱり事件についてだ。
「なあ坂井、お前の住んでいるところって事件の起きているところだよな」
「ああ、そうだけど」
 最初に話を切り出したのは塚本からだった。
 そっけなく返す俺に、塚本は妙にへらへらとした笑みを浮かべながら続ける。
「なんか情報とかないの? 地元のことだろ」
「さあな、正直狙われているのは小学生だけだし、俺には小学生の妹も弟もいないから。まあ、連日駅前でチラシ配ってることと、近くの小学校は集団下校を開始して、放課後にクラブ活動を禁止したぐらいだよ。ほら、ニュースでもやってただろう」
「そういう情報じゃなくてさ、ニュースに出てないようなねたはないのかよ、ほら近所の噂とかの地元民のネットワーク的な何かでさ」
「地元のネットワークって、お前いつの時代の人間だよ。核家族化の進むこのご時世でそんなネットワークは存在しするわけないだろ」
「そうか、まあ、なんか面白い情報があったら教えてくれ」
 呆れた表情で答える俺に、塚本はそんな反応を返す。どうやらこいつは何か面白い情報とかがほしいらしい。
「ってかあそこは住宅街だし、ここに通ってるやつ多いんだから変わった情報なんてないってわかりきってるだろ」
 そんな塚本の様子に俺は軽くため息を付いた。
「うーん、じゃあさ、お前はこの事件をどう思うわけ? 誘拐、神隠し、宇宙人か何かにつれてかれた? いろいろ噂があるけどさ、俺としては小学生趣味の変質者による誘拐事件説が濃厚だと思うんだよね、ほらなんか現実的だし」
「さあ、ってか神隠しとか宇宙人って、それを考えたやつは絶対面白半分だろ。こんなに事件が続いて情報が一つも入ってこないんだから詳しいことはわからないけど、たぶん誘拐だろ」
「そういか、坂井も誘拐か、まあそれしか考えられないよな。なあ伊藤、お前はどう思う」
 俺の答えに軽くうなずきながら、同じ質問を先ほどから一人黙って何か悩んでいる様子の伊藤に振る。
「えっあっと、何の話?」
 いきなり話を振られた伊藤は話しに付いていけずに聞き返す。
「おいおい、話聞いてろよ、例の行方不明事件の話だよ。それでさ、俺と坂井は変質者の誘拐だと思うんだけど伊藤はどう思う?」
「おい塚本、俺は変質者の部分には肯定してないぞ」
「まあまあ、そういうわけでさ伊藤の意見も聞きたいわけよ」
 手を横に広げ大げさに話す。さっきのへらへらとした笑いもそうだが、塚本は普通ならば、不快に思う行為でも、そうならせなくさせるのが得意なようである。
「そうだな、神隠しじゃないか」
 伊藤は軽く考える仕草をして数秒おかずに答える。午後の授業を終わらせ下校する。
「へー、なんで?」
「学校は集団下校だし部活禁止、夜は警察官数名が絶えず見回りをしているんだ。普通なら見つかるさ」
「そうだな」
 伊藤の答えに塚本はうんうんとうなずきながら次の言葉を待つ。
「それに……、そっちのほうが夢があるだろ」
 一呼吸おいて俺たちを見渡した後、にやりと笑ってそう言った。行方不明事件に夢を求める。絶対に被害者家族には聞かせられないだろう。
「そうか? やっぱ神隠しとかは結局見つからずじまいなんだから見つかったほうがいいだろう」
「それもそうだな」
「だろ、やっぱ誘拐だって」
「さあな、まあ早く解決すればそれでいいよ」
「そうだな」
 俺の言葉に間髪入れずに同意してそう言った塚本の表情は事件が解決することより、事件の結末を気にして言っているのが見て取れた。
 その後も俺たちは昼休みが終わるまでその話で盛り上がった。
 結局、小学生のみが対象となる事件は俺たちにとっては所詮他人事で、良い話の種でしかなかったのだ。
 午後の授業が終わり下校の準備をする。いつもは放課後の委員会に出ろとうるさいクラスメイトも、最近は事件のことを気遣ってか言ってこないのですぐに帰れる。不謹慎かもしれないが事件には感謝だ。
 駅にはまだチラシを配っている人がいた。また目の前に出されたが無視して家に帰る。
 午後九時、夕食はいつも決まった時間である。
 その時に母に聞いたが、二軒隣の山田さん家に住む小学3年生の男の子がいなくなったそうだ。山田さんのとこに小学生の男の子がいるのは知っていたが、顔も知らなかったのであまりぴんとこず、心配する母に相槌を打つことしかできなかった。
 数日後、やまぬ行方不明事件に対し、被害の大きい小学校が無期限の休校を発表したとのニュースが流れた。
 翌朝の駅への道、小学生の姿はない。それだけで朝が物寂しく感じた。これから事件解決までこの状況が続くと考えるとなんだか事件が少し身近に感じられたような気がした。

 それから数日たった。学校は休校のはずなのに事件はやむ兆しを見せない。テレビもまだ取り上げられるが、もう事件の内容より解決に導けない警察を無能と叩く事に時間を掛けている。
 朝駅に向う道のりにやはり小学生が見当たらない。はじめは寂しかったが、今ではそれが当たり前に感じている。人間のなれとは怖いものだ。
 駅でチラシを配る人も以前より増え。今では初めのころの数倍になっている。いつも以上に渡そうとしてくる人を無視して通り過ぎる。一瞬睨まれた気がしたが、気にせず駅に入り学校に向った。
 学校ではもう飽きたのか事件の話以外も聞こえるようになってきた。行方不明が続くだけでは面白みに掛けるようだ。
「なあ、知ってるか? 隣のクラスの飯島の弟が行方不明になったらしいぜ。本人の前じゃ気遣って話さないけどあっちのクラスじゃあそれで持ちきりらしい」
 昼休みの食事時、話を振ってきたのはやっぱり塚本からだった。こいつと子の話題で話すのは数日振りだ。
「へー、とうとうこの学校にも他人事じゃない人が出てきたわけだな。まあ、あそこに住んでるやつ多いからいつかは出ると思っていたけど」
「ってか、まだ続いてたんだな。俺にはそれがびっくりだよ」
 意外そうに話すことから、どうやらこいつの正直な感想らしい。
「話題にはあがらないけど続いてたんだよ。新しい情報は行方不明者が増えただけじゃあ話しの種にもならないからな」
「そうか、やっぱり事件に面白みがないと話にならないからな」
 地元とそれ以外の違いを感じつつ答える俺に返したその言葉も、やはりそういうものだった。
「その発言もなかなか不謹慎だと思うぞ」
「そうか? 事件がおきていてもそれを感じられなきゃこういうのが普通じゃない」
 さすがにひどいと思いいさめるが、塚本にはてんで悪気がない。
 今のこいつに何を言ってもだめなのだろう。
 そう思い視線を伊藤の方に移してみると、そこには俺たちの話なんかに耳を傾けている様子もなく、何か悔しそうにしている伊藤の姿だった。
「どうした伊藤。なんかあったのか?」
「あっ、いや、何でもない」
 そんな様子にとっさに声を掛けると、生返事を返すだけだった。
「なあ、最近の伊藤の様子変じゃねえか?」
 小声で聞いてきた塚本に俺は軽くうなずいて答えた。
 きっと知り合いがいなくなったりでもしたのだろう。塚本も俺と同じ答えに至ったのか、それ以上何も言わなかった。
 その後事件の話題に触れることはなく、昨日のテレビや雑誌の話題で昼を過ごした。
 家への帰り道、スーツを着た人が近所の人と話をしているのを何度か見かけた。きっと警察の人だろう。彼らの顔から焦りが見えることから、情報を何もつかんでいないというのは嘘ではないらしい。
 事件が当たり前になり出した町とそれを解決できずに躍起になっている警察、その間に明確な温度差を感じずにはいられなかった。
 翌日学校に行くと、教室は何が起きたのか、誰も話しをしていない。話をすることをはばかっているかのようにも思える。
 あたりを見回すと、塚本が手招きしているのが見えた。俺は右手を軽く上げて答えた後、塚本の元に向った。
「これはどういう状況なんだ?」
 すぐに小声でこの状況を質問する。予想は付いてはいたので、確認のためともいえる。
「とうとうこのクラスでも出たんだよ。今回は加藤の妹だってさ」
 そう言いながら軽くあごで加藤の方を指す。視線を移すと、明らかに落ち込んだ加藤の姿があった。
 周りを見回すと、彼を遠めに見てこそこそと話をするやつ、特に仲がよかったやつはやつに気を使って事件と関係話をしている。当の加藤はこの状況より妹のことが心配なのか、席に座ってうつむいたまま動こうとしなかった。
 休み時間はいつもより静かでピリピリとした雰囲気が漂っておりとても居心地が悪く、休み時間は教室から離れておくことにした。
 昼食の時、塚本にもさすがにこの状況を楽しもうという気持ちはないらしく、別の話題を話そうとするが、どうも気になっていようで、話の最中ちらちらと加藤のほうを見ていた。また、伊藤は食事中一言もしゃべらなかったが、加藤のこともあったのでふれないようにした。
 午後も午前と同じ状況が続き、帰りまでその状況が変わることはなく、帰りのときに聞こえたクラスメイトの安堵のため息が、今日の学校の全てを物語っていた。

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