今にも消えそうなアドレセンス

   tenkyo

 父は私のことを愛しているのだという。私は秀麗で、優雅で、純朴で、いつどんなときに見ても可愛らしいので、人々に私の顔を見せるのが楽しくてたまらないのだという。だから父様は、私のことを愛しているのだという。本当に?
 母は私のことを愛しているのだという。私は聡明で、知的で、賢明で、何をやらせてみても完璧にこなしてみせるので、選択肢の豊富な将来が楽しみでたまらないのだという。だから母様は、私のことを愛しているのだという。本当に?
 彼は私のことを愛しているのだという。私は絶佳で、優艶で、甘美で、いろんな方法で彼のことを悦ばすことができるので、私と過ごす時間が楽しくてたまらないのだという。だから彼は、私のことを愛しているのだという。本当に?

 私を取り囲む、“愛してる”を軽々しく口にするひとたちは、私のことを愛しているのだという。薄ら笑いと一緒に放り投げられる空っぽの“愛してる”は、聞こえてくるたび私を虚しくさせる。私に“愛してる”の糸を括りつけたあのひとたちは、その糸を通して自分に流れてくるクソみたいなものをすすって喜んでいるだけなのを、私は知っている。でも、それに気づかないふりをして、私はいつもにっこり笑って応える。“どうも、ありがとう”。
 本当に中身が詰まった、誰かのための“愛してる”なんて、この世に存在するのかしら。

 世界で最初に“愛してる”と言葉にしてみせたひとは、どんな表情と、声と、気持ちで、愛してると言ったのかしら。きっとこれから先、それは誰も知ることはできないだろうけど、想像することならできる。想像するだけなら、めいっぱい綺麗なものを想像してもいいはずだ。
 私はまだ、誰にも言ったことのないその言葉を、想像できるかぎり綺麗なかたちで、喉の奥で組み上げた。そして、目を瞑って、一番それを伝えたいひとのことを考えて、口にしてみることにした。その言葉が私を虚しさから救ってくれることを信じて、私は舌を動かす。
“愛してる”。
 本当に、
 その言葉が本当に、あのひとの胸の中に届くことを信じて。

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